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2023年は海外投資家の中国離れが進んだ

2023年に、海外から中国への投資は急減した。いわゆるチャイナリスクの高まりを警戒して、海外投資家は対中投資を手控えたのである。対中投資の減少は、直接投資と債券・株式などポートフォリオ投資の双方で顕著となった。

2023年7-9月期には、中国内の工場、店舗など実物資産に対する海外からの投資が、1990年代末以降で初めて純減、つまり流出超過となった。

また、中国の公式統計によると、中国の株式・債券に対する海外機関投資家の投資額は、2023年1月~10月に310億ドル(約4兆5,100億円)余りの流出超過となり、中国が2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟して以降、最大の流出超過額を記録した。

海外投資家は2023年8月以降、上海や深圳に上場されている中国A株を240億ドル(約3兆5,230億円)以上売り越している。2014年に香港との相互取引制度(ストックコネクト)が導入されて以降で最大の売越額だという。

中長期の中国の成長に期待が萎んだ

2020年5月には、全国人民代表大会(全人代)で、香港に「国家安全法」を整備する決定が採択され香港での言論の自由や政府に対する抗議活動が押さえつけられるとの懸念が海外で広がった。また、2020年から2021年にかけて以降本格化していった、IT、不動産、教育分野を中心として民営企業に対する政府の統制強化など、人権問題や政策リスクが、海外投資家にとって対中投資のリスク、いわゆる「チャイナリスク」として浮上した。

しかしこの時点ではなお、中国投資になお前向きな投資家も少なくなかった。それが、足もとでは海外投資家が対中投資から一気に離れてしまった背景には、中国経済見通しの悪化と米中対立の激化という地政学リスクの高まりの2点があると考えられる。

米国政府が香港問題や新疆ウイグル自治区での人権問題を取り上げても、中国経済に潜在力があり、投資の魅力がある間は、米国の投資家は中国投資を続けた。理念よりも利益重視である。

ところが2023年は、中国経済は予想外の低迷に見舞われた。しかもそれは一時的なものではなく、人口減少、潜在成長率の低下を伴う構造的なものとの見方が広がった。その結果、中長期の中国の成長に期待する海外からの投資は冷え込んだのである。

米中対立で地政学リスクが高まる

さらに、2022年にバイデン政権は、軍事利用される恐れがある先端半導体、半導体製造装置の対中向け輸出を制限し、2023年には米国の求めに応じ、日本、オランダも先端半導体の製造に用いられる半導体製造装置の対中輸出を規制した。

そしてバイデン政権は、モノだけでなくカネの流れにも規制を導入したのである。今年の夏には、米国人が特定のハイテク産業の中国企業に投資することを制限した。米国の投資家が提供する資金が、中国の先端産業を支援し、中国の軍事力強化に使われることを警戒したのである。この時点で米国の投資家は、広く中国の債券、株式などへの投資が、将来的には規制の対象となるリスクを強く感じただろう。実際、ウクライナ戦争をきっかけに、ロシアへの証券投資はできなくなっている。

ごく最近の例では、中国の電子商取引大手アリババグループが今年11月に、クラウド事業のスピンオフ(分離)計画を撤回したことがある。同社はAI用半導体に対する米国の輸出規制拡大で不確実性が生じたためと説明している。これを受けて、アリババは1日で約200億ドル(約2兆9300億円)の時価総額を失った。米中間の地政学リスクは、中国企業にとって大きなリスクであるとともに、そこに投資する海外企業にとっても大きなリスクとなっている。

インドシフトは2024年も続くか

そして2024年には、米大統領選と台湾総統選が行われる。そのため、対中投資に関わる地政学リスクは一層高まる可能性がある。こうしたもとで、米国の投資家を中心に、中国離れは加速した。米中関係は2024年の米大統領選で変わってくる可能性があるが、中国経済の見通しがこの先好転する可能性は低く、中国離れは今後も続くだろう。

それとは対照的に、海外企業、海外投資家の関心を高めることになったのは、インド市場である。年初からの株価変化率は、香港ハンセン指数が-17%、上海総合指数が-11%であるのに対して、インドセンセックス指数は+15%と明暗を分けている。

今年中国を抜いて人口で世界一となったとみられるインドの高い潜在力に対する海外投資家の注目は2024年も高まり、中国との明暗は一層広がる可能性があるだろう。

(参考資料)
"Wall Street Puts a 'Sell' on Its China Holdings(「中国売り」に転じる米金融業界)", Wall Street Journal, December 12, 2023
"The Big Risk Causing Investors to Shun China(中国、投資家に敬遠される重大リスク)", Wall Street Journal, December 4, 2023

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。