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米国ではウクライナ支援への関心が大きく低下

ウクライナのゼレンスキー大統領は、米国のウクライナ支援を呼びかけるため訪米し、12日にはバイデン大統領と会談、さらに与野党の議会指導部と面会した。バイデン政権は10月に614億ドルのウクライナ支援の追加予算を議会に要請したが、野党共和党の反対で予算成立のめどはたっていない。ゼレンスキー大統領は、追加支援を共和党指導者に直訴したが、共和党幹部はクリスマス休暇までの予算可決は「事実上不可能だ」と明言している。

ゼレンスキー大統領の訪米は、2022年12月以来1年ぶりであるが、米国側の対応はこの1年で大きく変化してしまった。ゼレンスキー大統領が前回予告なしに訪米した際には、米議会に招かれて演説し、上下両院の民主・共和双方の議員から大きな歓迎を受けた。

それから1年たち、議会の受け止めだけでなく、ウクライナ問題に対する世論の関心も大きく低下した。ピュー・リサーチセンターの調査によると、共和党支持層では、ウクライナ支援が「行き過ぎ」との回答が、2022年3月には9%だったが、2023年12月には48%まで上昇した。回答者全体でも同時期に7%から31%へと高まった。

米国や他の先進国によるウクライナ支援を受け今年6月に始まった反転攻勢が上手くいかなかったことが、米国民の大きな失望を生んでいる。さらに、米国民の関心が、イスラエルによるガザ地区攻撃に向いていることも、ウクライナ支援への関心を低下させている面があるだろう。

ウクライナ支援の予算は年内に底を付く

バイデン政権は、ウクライナ支援の追加の予算が成立しない場合、今年年末に予算が底を付く、と警鐘を鳴らしている。実際には、米軍が現在確保している弾薬・装備品をウクライナ支援に回すこともできるが、それは他地域での米軍の軍事力低下につながりかねず、一時的な対応でしかない。

米国防総省によると、12月12日までに対ウクライナ予算は10億ドルを切った。ロシアによるウクライナ侵攻開始以降に米国が決めた軍事支援は合計で計442億ドルだが、今年11月頃から支援の規模が小さくなっているという。

バイデン政権は、ゼレンスキー大統領の訪米のお礼、あるいは土産に、ウクライナの防空能力の強化や砲弾の追加など最大2億ドル相当の軍事支援を発表した。しかしこれは、1年前にゼレンスキー大統領の訪米にあわせて発表した支援額の10分の1に過ぎず、資金面からウクライナ支援に大きな障害が出ていることをうかがわせるものだ。

内生と外交の板挟みで定まらないバイデン政権の政策対応

下院共和党トップのジョンソン議長は、イスラエル支援の追加予算を承認するには、1)米国境警備の強化策、2)ウクライナが戦争で勝利する戦略、の2点を示す必要がある、と話している。

同氏は、南部国境の不法入国は1日当たり1万2千人に上っており、政権の政策の不備によって国境は破滅的状況にある、と批判している。そして、厳格な国境警備策が追加予算承認の条件であるとしている。さらに共和党は、国境警備対策の強化に加えて、難民制度の厳格化なども必要と主張する。ウクライナ支援など外国に巨額の資金を送るなら、まずは米国民の安全確保にお金を使うべき、というのが共和党の見解だ。

バイデン大統領は当初、ウクライナ支援を共和党が阻んでいるとの構図を国民にアピールしようとしたが、それが上手くいかないことから、国境警備の強化などで共和党に対して一定程度譲歩することで、追加予算の成立を目指している。

しかし、共和党に譲歩し過ぎれば、民主党リベラル派からの反発を受けてしまうだろう。ただし、大統領選本選を睨めば、不法移民対策強化によって、無党派層の支持を得ることができるかもしれない。

ウクライナ支援を主導してきた米国で支援が滞れば、他の先進国からは強い批判を浴びるだろう。ただしバイデン大統領は、2024年の大統領選挙も睨んで、対応を決めざるをえない。

他方イスラエルに対しては、親イスラエルの国内世論を受けてイスラエル支援を続けてきたが、それが国際的な批判を浴びており、米国の国際的なプレゼンス、リーダーシップを損ねない状況となっている。

ウクライナ支援でも、イスラエル支援でも、バイデン政権はまさに内政と外交の板挟みに直面しており、方針が定まらない中、政策の推進力が削がれてしまっているのが現状ではないか。

(参考資料)
"Joe Biden's Ukraine Emergency(バイデン氏のウクライナ緊急事態)", Wall Street Journal, December 7, 2023
「米、ウクライナ支援に壁 ゼレンスキー氏、議会に直訴 共和「年内追加は不可能」」、2023年12月14日、日本経済新聞
「ウクライナ直訴、不発 米と首脳会談、支援動かず」、2023年12月14日、朝日新聞
「ウクライナ支援、枯渇危機 米議会、追加予算なお膠着」、2023年12月14日、産経新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。