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インド経済に大きな潜在力

2023年は、新興国の成長力に期待する投資家や企業の目が、中国からインドに大きくシフトした1年だった。中国経済は2023年の政府の実質GDP成長率目標である+5%を何とか達成できるかどうかの状態にあるが、インドの7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比で+7.6%に達しており、主要国で最も高い成長率を記録した。2023年平均でも成長率は+6%を上回る見通しだ。

2023年には、インドの人口は中国を上回ったと国連は推計している。またインド国民の40%以上は25歳以下であり、中国よりもかなり若い。さらに失業率は高く、労働力参加率は低いため、将来の労働力供給拡大の潜在力は高い。

このように、群を抜いて高い経済成長率、低いインフレ率、比較的安定した政治環境、急速に伸びるテック業界、通貨の安定など、インドには多くのセールスポイントがある。

また、政治体制に目を向けると、インドの裁判所や地方政府は、習近平政権下の中国に比べればはるかに自主性がある。そのため、政府のゼロコロナ政策によって全土がロックダウン(都市封鎖)に陥るようなことは生じにくい。こうした点を踏まえると、世界の目が中国からインドにシフトするのは自然な流れだろう。

インドでのiPhoneの生産拡大が中国からインドへのシフトを象徴

中国からインドへのシフトを象徴しているのが、インドでのiPhoneの生産拡大計画だ。米アップルとそのサプライヤーは、今後2~3年以内にインドで年間5,000万台超のiPhoneの生産を目指している。その後もさらに数千万台を追加で生産することが計画されている。

この計画が達成されれば、インドで生産されるiPhoneは全世界の25%を占めることになる。その場合でも、中国が最大のiPhone生産国であることに変わりはないが、中国が抱える経済、政策、政治、地政学リスクに配慮した生産地の分散はかなり進むことになる。

インドの労働規制が懸念に

ただし、インドでの生産拡大を前向きに計画する海外企業にも、懸念材料はある。従来、インドの脆弱なインフラが生産拡大の障害とされてきたが、それに加えて労働問題がある。強力で独立した労働運動などである。これは、労働組合が一党支配の中国共産党から独立した政治勢力として存在することができない中国との大きな違いとなっている。

iPhoneを生産するフォックスコンや和碩聯合科技(ペガトロン)の工場があるインド南部のタミルナド州では、1日3交代制の短時間シフトが認められているが、外国企業は1日2交代制の12時間労働の工場シフトを認めるよう求めている。しかし、労働組合や野党の激しい抵抗に遭い、それはまだ実現していない。

12時間労働を認める法案が同州で可決されれば、ホリデーシーズンや新製品の発売などの繁忙期には、2交代制の12時間労働の工場シフトを行うことで、コストの抑制が可能となる。中国では12時間労働が認められていることから、12時間労働がより広く認められれば、中国からインドへの生産シフトはさらに加速する可能性があるだろう。

(参考資料)
"Apple Aims to Make a Quarter of the World's iPhones in India(アップルのiPhone世界生産、インドで25%を目指す)", Wall Street Journal, December 8, 2023
"Big Labor Is a Big Barrier to Apple's India Ambitions(アップルのインド生産、労働運動が障害に)", Wall Street Journal, December 11, 2023
"The Price Is Right for Indian Stocks(躍進のインド株 強さの秘密は?)", Wall Street Journal, December 7, 2023

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。