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日本銀行はゼロ回答

日本銀行は12月18・19日に開いた金融政策決定会合で、金融政策の維持を決めた。一部で予想されていたフォワードガイダンス(政策方針)の修正も行わなかった。対外公表分の「必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」との記述は、緩和バイアスのフォワードガイダンスである。現状で追加緩和の可能性が小さいことを踏まえると、これは実態に沿っていないように思われる。

しかし、この文言を削除して緩和バイアスをやめると、金融市場は、それを、日本銀行が中立的な金融政策姿勢に戻したとは理解せず、マイナス金利政策解除の強いシグナルと受け止めるだろう。そのため、日本銀行は近い将来、マイナス金利政策解除など本格的な政策修正に動くことを決めた時点、あるいは政策修正と同時にフォワードガイダンスを修正するだろう。

植田総裁の記者会見の内容に注視する必要があるが、対外公表分を見る限り、マイナス金利政策解除やそれを示唆するメッセージを日本銀行は送らなかった。それらを期待していた向きにとって、日本銀行は「ゼロ回答」であった。

FRBの利下げ前に日本銀行が動くのはもはや難しい

金融市場では、一部に今回の会合で日本銀行がマイナス金利政策解除に踏み切るとの見方があった。さらに、次回2024年1月の会合でマイナス金利政策解除に踏み切るとの見方はなお比較的多い。

しかし、日本銀行は、マイナス金利政策解除など本格的な政策修正を実施する条件は、2%の物価目標達成であると説明してきた。その見極めに重要な2024年の春闘の結果(主要企業)を見る前に、本格的な政策修正を実施する可能性は高くないだろう。

2024年1月にも日本銀行がマイナス金利政策解除に踏み切ると予想する向きは、米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げに動く前に日本銀行が急いで動くことを想定している。そして金融市場は、2024年3月にFRBが利下げに動くとの観測を強めている。

日銀の金融政策決定は、FRBの金融政策全般に大きく影響されることは確かだ。FRBが利下げを実施する中で、日本銀行が利上げを実施することは考えにくい。それはドルに対して急速な円高を引き起こし、経済に大きなダメージを与える可能性があるからだ。急速な円高を生じさせれば、日本銀行は強い批判を浴びるだろう。

ただし、日本銀行が為替市場の不安定を引き起こさずに金利を引き上げることはもはや難しいと思われる。金融市場はすでに来年3月にもFRBが近い将来に利下げをする可能性を強く織り込んでいるからだ。

日銀は2%の物価目標達成を宣言できない

金融市場では2024年の春闘で高い賃金上昇率が実現し、それを受けて日本銀行が2%の物価目標達成を宣言し、4月の金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決める、との見方が多くされている。

また、最近の植田総裁の発言などを踏まえ、FRBが利下げに踏み切り、円高リスクが高まる前の来年1月の金融政策決定会合で、サプライズでマイナス金利政策の解除を決める、との見方も少なくない。しかし実際には、その可能性は高くないだろう。

日本銀行が2%の物価目標達成を宣言するトリガーとなる賃金上昇率の水準が、どの程度であるかは明らかでない。一部にはベースアップで+3%が基準になるとの見方もあるが、+3%のハードルはかなり高い。

また日本銀行は、2%の物価目標達成を宣言することに慎重だろう。それは長期金利の急騰や急速な円高を招き、金融機関の経営や実体経済に甚大な打撃を与えてしまう可能性があるからだ。

植田総裁はマイナス金利政策解除を急がない

他方で、日本銀行は、現在の金融緩和の枠組みには副作用が大きいことから、2%の物価目標達成いかんにかかわらず、それを修正したいと強く考えているのではないかと推察される。

そこで、2024年の春闘での賃上げ率は期待されるほどの水準に達せず、2%の物価目標達成との宣言を出すことはできない中でも、結局は、マイナス金利政策解除に踏み切るのではないかと予想される。

しかし、植田総裁はマイナス金利政策解除を急がず、良い環境が整うまで待つだろう。それは、FRBの利下げが一巡する時期だ。現在の金融緩和の枠組みの中で、副作用が大きく最も問題と植田総裁が考えていたのは、YCCと考えられる。2回にわたる運用柔軟化によってYCCの枠組みはかなり形骸化され、副作用は軽減されたと考えられる。そのため、マイナス金利政策解除など次のステップは必ずしも急がないのではないか。

日銀のマイナス金利政策解除は後ずれ

いすれマイナス金利政策解除に踏み切る際には、イールドカーブ・コントロール(YCC)の柔軟化と同様に、副作用を軽減することで金融緩和の持続性を高めることが目的、と日本銀行は対外的に説明するだろう。事前に市場との対話に十分な時間をとる必要があることもあり、マイナス金利政策解除の時期は2024年4月ではなく、2024年10月など年後半以降にずれ込むと見ておきたい。

さらに、日本銀行の政策修正を大きく制約する可能性があるのは、国内経済の軟化よりも、米国経済の減速とFRBの利下げである。

米国経済の減速が比較的マイルドに終わり、FRBの利下げが2024年半ば頃までで一巡すれば、日本銀行は2024年10月など年後半にマイナス金利政策解除に踏み切ることができるだろう。しかし、米国経済の減速がより深刻となり、2024年いっぱいFRBの利下げが続くよう状況となれば、日本銀行のマイナス金利政策解除は2025年にまで後ずれするだろう。

現在の金融市場での見方よりも、日本銀行の政策修正は後ずれの方向となるリスクが大きいと見ておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。