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政治資金規正法改正と派閥の見直し

安倍派を中心とする自民党の政治資金問題を受け、岸田首相は来週、自民党に総裁直属の機関として、「政治刷新本部(仮称)」を立ち上げる。さらに、派閥の改革を求めている菅前首相と麻生副総裁の2人を最高顧問とする考えを示している。

岸田首相は、政治改革案を1月中に中間とりまとめ、必要があれば関連法案を国会に提出する、としている。その際に大きな論点となるのは、政治資金規正法改正と派閥の見直しの2つだ。

政治資金規正法改正については、自民党内では、パーティ券購入者の氏名公表の基準を、現在の1人当たり20万円超から、寄付の際と同様に5万円超にするなど厳格化すること、政治資金収支報告書の虚偽記載や不記載の場合の罰則を、現行の5年以下の禁錮または100万円以下の罰金から厳しくすること、また、会計責任者だけでなく政治家も責任を負う罰則強化、などが検討されているとみられる。

改革に向けた具体的な動きは、当事者である自民党よりも他党の方が早い。連立与党の公明党は、政治資金規正法改正を中心に、通常国会前に党としての独自の改革案を取りまとめる方向だ。立憲民主党も年明けに同法改正などの議論を本格化する。日本維新の会は企業・団体献金の廃止、共産党は企業・団体によるパーティ券の購入禁止を主張している。国民民主党は、同法の罰則強化を主張している。

自民党内での政治改革に向けた動きは鈍い印象も

問題の渦中にいる自民党内での政治改革に向けた動きは、他党と比べて鈍い。そうした中、自民党内での議論は大きく2つあるように見える。第1は、他党に主導権を握られないことも意識しつつ、政治資金規正法改正など具体的な改革を迅速に進めること、第2は、1988年のリクルート事件後と同様に、政治改革大綱を策定し、より包括的な改革を志向することだ。

渡海政調会長が、第2を強く主張している。しかし現在のところ、自民党内では、第1の方向性が強いように見える。岸田首相も、1989年の自民党政治改革大綱は既に30年以上経過したものであるとし、それを検証することに慎重な姿勢を見せている。

第2の場合には、政治改革の理念的な議論に時間が割かれ、具体的な改革が十分に至らないリスクがあるだろう。他方で第1の場合には、小粒な改革で終わってしまい、国民からの信頼回復につながらないリスクがある。

実際には、国民からの信頼回復につながることを最優先に、大胆で抜本的な改革を、スピード感を持って進めていくことが求められる。また、リクルート事件後の政治改革が中途半端に終わってしまったという過去の失敗の経験を十分に踏まえることが必要だろう。

進まなかった政治改革

1989年5月に、自民党は政治改革大綱をまとめた。そこでは、国民の政治不信の中心にある問題として、①政治家個々人の倫理性の欠如、②多額の政治資金とその不透明さ、③不合理な議員定数および選挙制度、④わかりにくく非能率的な国会審議、⑤派閥偏重など硬直した党運営など、を挙げたうえで、特に政治と金の問題は政治不信の最大の元凶である、と結論付けた。

指摘された5つの問題点のうち、実際に改革が目立って進んだのは選挙制度改革だけだ。大綱では、当時の中選挙区制の問題点について、「政党本位でなく個人中心の選挙となりがち」、「日常政治活動や選挙運動の重点を政策以外におく傾向に拍車をかけ、利益誘導の政治や、後援会組織の維持と膨大な有権者への手当のため、多額の金がかかる選挙を生む原因となった」、「政治腐敗の素地をまねく」などを指摘していた。1994年には、細川内閣のもとで公職選挙法が改正され、「小選挙区比例代表並立制」が導入されたのである。

しかし、その結果、党執行部に権力が集中して衆院議員が小粒となる「チルドレン政治」につながったとの指摘や、選挙区の敗者が比例代表で復活当選することに対する不満なども指摘されている。他方、政治制度改革が、金のかかる選挙を抜本的に変えることはなかった。

また、大綱では、政治資金収入は公正明朗な資金によるべき、との考えの下で「国会議員への公的援助の拡大と国庫補助を中心とした政党法の検討」が謳われた。そのもとで、1994年には政党助成法が成立し、国民1人当たり250円の「政党交付金」を負担する制度となった。

この政治改革で導入された政党交付金は、税金が原資となっている。今回の疑惑を受けて、パーティ券収入と政党交付金の「二重取り」との批判も聞かれる。

公的支援を拡大する代わりに将来的に企業・団体による寄付を禁止することが当時は議論されたが、現状でもなお、政党や政党支部に対する企業・団体寄付は可能であり、寄付に基づく企業・団体に対する利益誘導の政治の温床は残されままだ。

派閥解消も掛け声倒れに終わった

大綱では、「派閥の弊害除去と解消への決意」という項目が設けられていた。派閥については、「派閥と政治資金のかかわりや派閥の内閣、国会および党の全般にわたる人事への介在、派閥本位の選挙応援など、さまざまな弊害を生んでいる」と結論づけたのである。

そのうえで、(イ)最高顧問は派閥を離脱する、(口)総裁、副総裁、幹事長、総務会長、政務調査会長、参議院議員会長、閣僚は、在任中派閥を離脱する、(ハ)派閥の実務者間によって、実質的にあたかも党機関にかわる意思決定と誤解されるようなことは行わない、との具体的な改革案が示されていた。

しかしこれらは実現していない。岸田首相は岸田派(宏池会)に留まり続け、離脱したのはパーティ事件が浮上した昨年12月になってからだ。また、麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長、森山裕総務会長はそれぞれ派閥会長を務めている。

自ら「派閥の弊害除去と解消への決意」を示した自民党が、派閥の抜本的な見直しに動くことはなく、現時点でも派閥の利点を説く向きも多い。

政治改革大綱の検証は必要

「政治とカネ」の問題の構図は、自民党が政治改革大綱をまとめた時からほぼ変わっていない。大綱で指摘された論点は、決して古くなっていないのである。この点から、政治改革大綱の内容を再度検証し、必要に応じて新たに書き換える作業が必要なのではないか。それなくして、包括的、抜本的な政治改革は実現しないように思われる。

また、ここまで踏み込んだ内容を示していた自民党の政治改革大綱が、選挙制度改革を除けば多くは実現されなかった理由も、検証してみる必要があるだろう。

当時は、自民党への政治不信から社会党が急速に党勢を高めており、政権交代への強い危機感が、自民党が政治改革大綱をまとめる原動力になった可能性が考えられる。土井たか子党首のもとでの、いわゆる「土井ブーム」である。1993年には細川内閣が発足し、1955年の結党以来、38年間単独政権を維持し続けた自民党は初めて下野することになった(55年体制の崩壊)。

現在の野党の影響力を踏まえると、自民党が当時ほど政権交代への強い危機感を持つことはなく、それが、党内で政治改革への機運が高まらない背景にあるのではないか。しかし、自民党が政治改革を先送りすれば、国民の間で政治不信は一層高まり、最終的には政権交代へとつながる可能性も考えられない訳ではない。自民党はそうした強い危機感を自ら醸成し、政治改革に積極的に取り組むことが求められる。

国民の意識改革も必要

具体的な改革は、パーティ券購入者の氏名公表基準の厳格化、政治資金収支報告書の虚偽記載や不記載の場合の罰則強化などに留めてはならないだろう。政治資金の収入と支出の透明性を極限まで高めることや、共産党が主張する企業・団体によるパーティ券の購入禁止、日本維新の会が主張する企業・団体献金の廃止も検討すべきだろう。

また、国民が不信を強めている派閥については、解消など抜本的な見直しに向けた具体策の議論を直ぐに進めるべきではないか。

最終的には、「カネのかからない政治」へと大きく変えていくことが必要であるが、それには「政治、選挙には金がかかるものだ」という国民の認識を抜本的に改めることが必要だろう。

(参考資料)
政治改革大綱 」、1998年5月23日、自由民主党
「政策活動費深まる疑念」、2023年12月31日、読売新聞
「渡海氏政治改革へ情熱」、2023年12月31日、読売新聞
「派閥解消、透明化…自民、35年前に掲げた「政治改革大綱」勝手に通信簿」、2024年1月1日、産経新聞
「自民党、派閥改革論広がらず 過去の対策は形骸化」、2023年12月29日、日本経済新聞電子版
「政治改革30年、残った抜け道 消えぬ派閥・不透明なパー券」、2023年12月29日、朝日新聞
「【水平垂直】自民パーティー券問題 35年前の「改革大綱」空文化」、2023年12月30日、産経新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。