「量的・質的金融緩和」導入後の物価上振れの持続性
1月31日(水)の午前8時50分に、日本銀行は2013年7月~12月に開催された金融政策決定会合の議事録を公表する。最大の注目点は、2013年4月の「量的・質的金融緩和」導入後に生じた物価上昇率の高まりを、政策委員会がどのように評価していたかである。
現在も物価上昇率が上振れて、2%を超える状況が続いており、その要因、持続性について日本銀行が分析を続けているが、同様なことがちょうど10年前にも起きていた。日本銀行は、当時の議論をしっかりと検証したうえで、今後の政策決定に生かすべきだ。今後の日本銀行の政策を占う観点から、金融市場もこの議事録に大いに注目するだろう。
2013年4月に「量的・質的金融緩和」が導入されると、消費者物価上昇率(除く生鮮食品)は瞬く間に高まっていった。同年3月には前年同月比は-0.5%だったが、5月には同0.0%となり、12月には同+1.3%まで物価は急加速していった。当時は、このまま2%の物価安定目標が早期に達成されるとの期待も高まっていたのである。
政策委員の中で「量的・質的金融緩和」を強く支持する向きは、物価上昇を量的・質的金融緩和の効果が強く発揮されていることの証拠であり、企業や個人が、日銀が掲げる2%の物価安定目標を共有し、そこにインフレ期待(予想物価上昇率)を合わせ始めた表れ、と説明した。
しかしそうした状況も、翌年の2014年入ると大きく変化していった。消費者物価上昇率は年初で頭打ちとなったのである。4月には消費税率が引き上げられ、消費者物価上昇率の前年同月比は+2%程度押し上げられたが、その影響を除くと、秋には+1%台を割り込むところまで低下していった。その後、物価上昇率の低下には歯止めがかからず、2015年8月には再びマイナスにまで落ち込んでしまったのである。
物価上昇率の高まりは円安の一時的効果
仮に当時の日本銀行の説明が正しかったならば、物価上昇率は2%に向けてその後着実に上昇を続けていたはずだが、実際にはそうはならなかった。それは、物価上昇率の高まりが一時的要因によるものだったからだ。
その要因とは、原油価格上昇に加えて円安だ。2012年末の自民党の政権回復とともに、日銀の積極的な金融緩和への期待が高まり円安が進んだ。金融緩和で企業や個人のインフレ期待を変えることは、実際にはかなり難しい。しかしそれと比べると、金融市場の期待に影響を与え、その価格を動かすことは比較的容易だ。
多くの財をドル建て契約で輸入する日本では、対ドルで円安が進むと輸入品の物価が上昇し、それが消費者物価を押し上げる。円安の影響を考慮しても、当時の物価上昇率の高まりは大きく感じたが、それは、日本企業の輸入依存度がかつてよりも上がっていたからだ。そのきっかけとなったのは、2008年のリーマンショック後に70円台まで進んだ円高だ。円高によって輸入品の価格が低下したことから、個人は割安な輸入品を多く購入するようになり、企業は、電気製品の生産に使う部品などを、国内品から輸入品へとシフトさせていったのである。その結果、円安による物価押し上げ効果は想定よりも大きく表れた。
外的要因による物価上昇率の上振れは一時的に終わる
現在に目を転じると、足もとでの物価上昇率の上振れも、10年前と同様に原油価格上昇、円安の一時的な影響によるところが大きい。日本銀行はこうした外的要因による一時的な財中心の物価上昇が、賃金の上昇を介してサービスがけん引する持続的な物価上昇につながるか、いわゆる「第1の力」が「第2の力」に橋渡しされていくかどうかに注目しており、それが2%の物価目標達成と本格的な政策修正の条件としている。
しかし、10年前に生じた原油高・円安による一時的な物価上昇率の上振れは、そうした持続的な物価上昇にはつながらなかったのである。また、それ以前を振り返っても、外的要因による物価上昇率の上振れは一時的に終わる傾向がみられる(コラム「 賃金からサービス価格への転嫁は限定的か:持続的な2%物価上昇の達成は依然難しい(12月分全国CPI) 」、2024年1月19日)。
こうした点を踏まえると、日本銀行は、2%の物価目標達成との判断を容易には示すことはできないのではないか。他方、現在の異例の金融緩和には大きな副作用があることから、2%の物価目標達成を前提とせずに、副作用軽減を狙った事実上の政策修正を緩やかに実施する可能性が見込まれる。この点から、実施時期は、今年10月など年後半、あるいはそれ以降にずれ込む可能性が考えられる(コラム「 日本銀行は政策変更を見送り物価予測を下方修正:4月政策修正シナリオにリスク 」、2024年1月23日、「 日銀総裁記者会見:マイナス金利政策解除の時期について明確な手がかりは示さず 」、2024年1月23日)。
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