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3月の利下げの可能性を否定

米連邦準備制度理事会(FRB)は、1月31日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、4会合連続となる政策金利の据え置きを決めた。

金融市場はFRBの利下げの時期を探る動きを強めているが、FRBはこうした早期利下げの観測をけん制している。FOMC声明文は、「委員会はインフレ率が持続的に2%に向かっているとの確信を強めるまで、誘導目標レンジの引き下げが適切になるとは見ていない」として、早期の利下げの可能性を否定した。またパウエル議長は、「3月を利下げ開始の時期と特定するような確信のレベルに委員会が同会合までに達しそうだとは、私は考えていない」、「(3月利下げは)最も可能性の高いケース、ないしは基本シナリオと呼ばれるものでは恐らくないだろう」として、3月の利下げの可能性が低いことを金融市場に伝えた。

先物市場が織り込む3月の利下げ確率は、FOMC前には60%を超えていたが、FOMC後には約35%まで低下した。利下げ時期についての市場のコンセンサスは、5月に移っている。

ただし、3月以降の政策方針については示さなかった。今後の会合でも、次回会合での政策変更の可能性について議長は説明し、利下げ実施前には、それを金融市場がほぼ織り込むようにするだろう。これは、政策変更に対する金融市場の不確実性を低下させ、金融市場の動揺を回避するためだ。

パウエル議長は「年内の利下げが適切となる可能性が高い」と明言しており、利下げの時期は近づいているとみられる。また、FRBのバランスシートについては、毎月最大950億ドル(約14兆円)の縮小を続ける考えを示した。しかし、今後のバランスシート政策については、3月の会合で踏み込んだ議論を開始する予定だと議長は説明している。これは、量的引き締め(QT)のペースの縮小を検討し始めたことを意味しよう。

それでも利下げ時期は近づいている

この点に照らしても、FRBは政策姿勢の転換点に近づいている可能性が高い。FRBは5月あるいは6月に利下げに踏み切ると見ておきたい。

今回のFOMCでは、金融市場の早期の利下げ観測をけん制したが、他方で年内の利下げを事実上明言するなど、金融市場が事前に想定したほどタカ派的なメッセージは出されなかったと言える。その結果、10年国債利回りは再び4%を割り込む水準まで低下する一方、為替市場はドル安に振れ、ドル円は146円台までドル安円高が進んだ。

逆方向で日米金融政策が交差する異例の事態

米国ではFRBの早期の利下げ観測が強まる一方、日本では日本銀行が3月の次回会合でもマイナス金利政策の解除に踏み切るとの観測が強まっている。両国で逆方向の金融政策修正が近い将来に行われるとの観測が強まるのは、歴史的に見てかなり異例のことだろう。こうした状況では、為替市場のボラティリティが高まるリスクがあり注意が必要だ。

実際には、FRBの利下げと日本銀行の利上げの間には、一定の時間的なずれが生じる可能性が高い。日本銀行の利上げが3月でFRBの利上げが5月、あるいはFRBの利上げが5月で日本銀行の利上げが10月、などといった可能性が考えられる。

日本銀行が2%の物価目標達成を宣言すれば、金融市場が動揺するリスク

金融市場は、日本銀行が3月あるいは4月の会合でマイナス金利政策解除に踏み切る可能性を強く織り込んでいる。実際にそうなった場合、日本銀行は、今までの説明の通りに2%物価目標達成を宣言したうえで、マイナス金利政策を解除するだろう。しかしそれはリスクを伴う選択だ。

本当に2%物価目標が達成され、この先も2%程度の物価上昇率、インフレ期待が続くのであれば、日本銀行は比較的早期に短期金利を実質プラスの水準、つまり2%以上の水準まで引き上げる必要が出てくる。金融市場がそうした可能性を織り込めば、長期金利が大幅に上昇する、あるいは円高が急速に進む、といった金融市場の混乱が引き起こされる。日本銀行は、マイナス金利政策解除後も金利は緩やかなペースでしか上昇しないと説明しているが、それは2%物価目標達成と矛盾している。

金融市場は、日本銀行は2%の物価目標が達成したと確信している訳ではないが、異例の金融緩和を見直すために、方便として2%の物価目標達成を宣言すると考えているだろう。ただし、市場の多数がそうした見方であっても、一部で2%の物価目標達成を額面通りに受け入れれば、金融市場の動揺は起こり得る。

マイナス金利政策解除後も日本銀行は2%の物価目標に縛られ続けるリスク

また、日本銀行が説明する輸入物価上昇の一時的な影響による物価上昇、いわゆる「第1の力」から、賃金、サービス価格上昇を伴う持続的な物価上昇、いわゆる「第2の力」への移行が起こる可能性は低く、既に足元で明確となっているように、コアCPIの前年比上昇率は今年後半以降に1%台が定着し、来年には1%割れが見えてくるだろう。

物価上昇率がそうした推移を辿れば、日本銀行の2%の物価目標達成の宣言は拙速だったとの批判が高まり、日本銀行はレピュテーションリスクを負うことになる、また、今後も、物価上昇率が2%を下回り続けるなか、日本銀行の政策の正常化が封じられてしまう、あるいは追加緩和の圧力が外部から強まるなど、日本銀行の政策が強い制約を受ける可能性があるだろう。

マイナス金利政策解除前に2%の物価目標の柔軟化を実施すべき

日本銀行はマイナス金利政策解除に踏み切る前に、2%の物価目標を長期的な緩い目標などに柔軟化しておくことが、こうしたリスクを回避するには必要だ。その場合には、春闘の結果を踏まえたうえで、市場との丁寧な対話を経て2%の物価目標の柔軟化を図り、マイナス金利政策解除に踏み切ることになるだろう。それには、一定の時間が必要となることから、マイナス金利政策解除の時期は、FRBの利下げが一巡したタイミングとなる。それは今年の10月など、年後半だろう。

足元の物価高騰は一時的な輸入物価の上昇の影響が大きく、賃金が相当に上昇しても、それがサービス価格に転嫁されることで2%程度の、過去のトレンドよりもかなり高めな物価上昇率の水準が維持される可能性は低い。

日本銀行は、将来の金融政策の自由度を確保する観点からも、マイナス金利政策解除に踏み切る前に、2%の物価目標の柔軟化を図り、長らく日本銀行の政策を強く縛ってきた、2%の物価目標の呪縛を解くべきだ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。