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ロシア凍結資産を没収しウクライナの防衛、経済復興に活用することを検討

ウクライナのゼレンスキー大統領は1月16日に、世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で演説し、ウクライナ侵攻後に対ロ制裁措置として各国の中央銀行が凍結しているロシア資産をウクライナの防衛、経済復興に活用するように訴えた。欧米諸国のウクライナ軍事支援の機運が弱まる中、ウクライナは新たな資金源をここに求めているのだろう。

世界で3,000億ドル程度とみられるロシア凍結資産の没収、活用については、米国政府は前向きである。自国が負担することなく、ウクライナ支援を強化できるためだ。米国は、これを2月下旬の主要7か国首脳会議(G7サミット)での議題とするよう、日本を含め関係諸国に働きかけている。

当然のことながら、ロシアはそれに強く反発している。ロシアのザハロワ報道官は、凍結資産を没収することは「国際法違反であり、21世紀の海賊のようだ」と強く批判し、「実際に発生すればロシアは過酷に報復する」と警告した。また、差し押さえることができる西側資産のリストを持っているとしている。

欧州諸国には慎重論

報復措置としては、海外投資家がロシアに保有する投資口座や、撤退した海外企業のロシア資産が没収される可能性がある。ロシアの報復措置は、主要国によるロシア凍結資産没収の障害となる。また、没収が国際法に照らして問題ないか、という法的な問題も残されていることも障害だ。

さらに、欧州諸国は、国際金融の安定という観点から、ロシア凍結資産没収に慎重である。欧州諸国は、中央銀行が外貨準備として海外に保有する資産を没収するという前例を作ってしまうと、各国で外貨準備を保有することに慎重な動きが出てくる可能性があり、それは一部の国で国際収支危機、通貨危機、債務不履行(デフォルト)のリスクを高めてしまうことを強く警戒している。

資産価値の上昇分、利子の受け取り分を活用する案が有力か

こうした中G7では、ロシアの凍結資産すべての没収ではなく、凍結して以降2年間の資産価値の上昇分、利子の受け取り分に限って、ウクライナに引き渡すことを検討している。

資産の多くが欧米の短期国債などであり、それが過去2年間年率3%程度で回っていたとすると、3,000億ドルのロシア凍結資産の利子収入は180億ドル、2.7兆円程度となる計算だ。これは、米国議会が今まで承認したウクライナへの資金援助総額のおよそ1,130億ドルや、現在議論されている600億ドルのウクライナ追加支援と比べて決して大きな金額ではないが、ウクライナの当面の防衛力強化には一定程度貢献するだろう。

ロシアの凍結資産を没収し、ウクライナの防衛や復興に利用することは、G7内で直ぐに合意される状況ではないだろう。2月下旬のG7サミットでは、2年間の資産価値の上昇分、利子の受け取り分をウクライナに引き渡すという案に落ち着くことが予想される。また、資産を担保にした資金調達をウクライナ支援に回すことも検討される可能性がある。ただしそうした場合でも、ロシア側が報復措置を講じるリスクはあるだろう。

(参考資料)
「露凍結資産、ウクライナ復興に活用を ダボス会議でゼレンスキー氏訴え」、2024年1月18日、産経新聞
「ロシア凍結資産没収「万能薬でない」と西側、検討には前向き」、2024年1月18日、ロイター通信ニュース
「ロシアの凍結資産、ウクライナ再建に回すよう主張 ゼレンスキー大統領」、2024年1月18日、BBC NEWS JAPAN
「ロシア「朝鮮半島の緊張は米国のため…凍結資産の没収は21世紀の海賊」」、2024年1月13日、中央日報

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。