トランプ氏はFRBの利下げ検討を批判
トランプ前大統領は2月2日に、今年11月の大統領選挙で再選された場合には、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長を再任しない、と発言した。パウエル議長は2017年11月に、当時のトランプ大統領によってイエレン前FRB議長、現財務長官の後任に指名された。2022年5月に再任され、2026年5月に2期目の任期満了を迎える。
トランプ氏はその任期中に、金融緩和に慎重なイエレン議長を更迭する考えを明らかにしていた。しかし、解任の正当な理由があることを証明できなければ、大統領はFRB議長を解任できない。自身の望む政策を実施しなかったというのはその正当な理由とはならず、解任に向けた法的なハードルは高い。
そこで、トランプ氏はイエレン議長の解任を諦め、民主党員であるイエレン氏の任期満了時に、共和党員のパウエル議長を指名したのである。 ところがパウエル議長とトランプ氏の関係もまた悪化した。FRBは、トランプ前大統領が望む金融緩和の実施に慎重であったためだ。トランプ氏は再びパウエル議長の解任を口にしたが、やはり法律の壁に阻まれた。そのため、今回、自身が大統領に返り咲いた場合でも、パウエル議長を解任するとは言わなかった一方で、再任をしないと明言したのである。
トランプ氏は、パウエル議長が物価上昇への対応を誤ったなどと批判した。さらに「パウエル氏は金利を下げ、民主党を助けるようなことをする」とも述べている。トランプ氏はバイデン政権の失策によって物価高騰が生じたとしているが、FRBの金融政策もそれに加担する可能性があるとして、大統領選挙戦でのバイデン政権の経済政策批判の一環で、つまり選挙キャンペーンの一環でFRBの金融政策姿勢を批判しているのである。
他方で、今後、景気減速が明らかになる場合には、FRBが金融緩和に慎重であることが、米国経済、企業、国民を危機に晒しているとして、一転して別方向から、トランプ氏はパウエル議長への批判を展開する可能性が高い。
民主党からは利下げ要請
一方、民主党議員の間では、FRBが政策金利を長期間高水準に維持することで、景気の下振れリスクを高め、バイデン大統領の再選の見通しを危険にさらしているとの懸念がある。
上院銀行委員会のシェロッド・ブラウン委員長(民主)は1月30日の書簡で、パウエル議長に対して、住宅を購入しやすくするためとして、早期の利下げを求めた。書簡では「引き締め的な金融政策はもはや、インフレ対策の適切な手段ではない」と述べている。
大統領選挙の年の金融政策変更は珍しくない
FRBは現在、景気、物価情勢を睨んで、利下げのタイミングを慎重に図っている状況であるが、その重要なタイミングで、共和党からも民主党からも政治的圧力を受け始めている。
2022年3月にFRBが利上げに踏み切って以降、インフレ抑制はFRBとバイデン政権の共通の課題であったことから、両者の間には大きな軋轢は生じなかった。しかし、インフレリスクが低下する時期と大統領選挙が重なる今年は、バイデン政権とFRBの間に軋轢が生じる可能性があるだろう。
選挙の年にFRBが政策変更を実施するのは珍しいこととは言えない。ブッシュ大統領が再選を目指した2004年には、FRBは歴史的な低水準からの利上げを開始した。オバマ大統領が再選を目指した2012年には、景気刺激を目指した債券購入プログラムを実施した。そしてトランプ大統領が再選を目指した2020年には、新型コロナウイルス問題を受け、政策金利を一気に0%にまで引き下げるとともに、債券購入の再開などの積極策を実施した。
政治的圧力に屈しないというFRBの姿勢
FRBは、政治的な圧力に屈せず、政治的な中立姿勢を堅持するとの姿勢を常にアピールしてきた。しかし、そうした姿勢が、逆に金融政策を歪めてしまう面もあるのではないか。
政治的な中立を強く意識したFRBが、政権が望む政策の実行に必要以上に慎重である一方、それを正当化する外的要因が生じれば、その方向に一気に傾く、といった可能性が考えられる。2000年3月に新型コロナウイルス問題が表面化すると、トラプ政権による緩和圧力に抵抗してきたことの穴埋めをするかのように、FRBは大幅な金融緩和を実施した。
外部環境が大きく変化すれば、政治的圧力に屈したなどの批判を浴びることなく、FRBは政策を大きく転換でき、その結果、政権との軋轢を緩和することができるからだ。
しかし、当時の金融緩和は行き過ぎてしまったのではないか。それが物価高騰の一因となった可能性もあり、また、商業用不動産市場の行き過ぎた価格上昇を生じさせ、金融の潜在的な不安定性を高めた可能性もあるのではないか。
FRBが政治からの中立を過剰に意識することが経済、金融の振幅を大きくする
例えば、この先、景気減速の兆候が見られてもFRBは利下げに慎重な姿勢を維持し、バイデン政権あるいは次期政権から、緩和要請を受けることになる可能性がある。FRBがその圧力に屈することでレピュテーションを下げてしまうことを恐れ、緩和に慎重な姿勢を頑なに続ければ、いずれ景気が大きく減速する、株価が大きく低下する、あるいは銀行の経営問題が浮上する可能性があるだろう。
それを受けて、FRBは一転して大幅な緩和に踏み切り、結果として過剰な金融緩和が、経済や金融に歪を作り出してしまう。
こうした点から、FRBが安易に政権の意向を反映した政策を実施する訳ではなくても、逆にそれに抵抗することで政策が歪み、経済、金融の不安定性を強めてしまう結果となることは考え得る。政治からの独立を強く意識しすぎることで、FRBの金融政策も経済、金融も、その振幅が拡大されてしまうのである。
こうした点を踏まえると、結局のところ、FRBの金融政策は政治から中立であるとは言えず、大統領選挙の年には、特にその影響を受けやすいのではないか。
(参考資料)
"Powell Navigates 'Toxic' Politics of Rate Cuts as Election Nears(パウエル氏がかわしたい「有害な」政治の逆風)", Wall Street Journal, February 2, 2024
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