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移行国債の初入札はやや弱め

財務省は14日に、世界で初めてとなる「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」の10年債、正式には「クライメート・トランジション(移行)利付国債」の入札を実施した。発行予定額8,000億円に対し、金融機関から2兆3,212億円の応札があり、応札額を落札額で割った応札倍率は2.9倍となった。これは、通常の10年国債の最新の入札における応札倍率の3.65倍を下回っており、予想よりも弱めの入札となった。また落札利回りは0.74%で、直前の市場予想の0.68%を上回った。

入札がやや不調となったのは、日本銀行による金融政策の正常化観測が強まったことで金利の先高観が高まるという逆風によるところもあるだろう。また、通常の国債とは別枠で発行され、しかも規模が8,000億円であったことから、流動性リスクが意識されたことも背景にあるだろう。

流通市場でグリーニアムは消滅する可能性も

特に注目されていたのは、国債利回りとの間に生じる利回り較差、いわゆる「グリーニアム」だ。償還日が同じ新発10年債は午前の流通市場で、0.745%で取引されており、GX移行債の落札利回りは、それを0.005%ほど下回った。グリーニアムは、ESG(環境・社会・企業統治)への貢献を重視する投資家が、その分低い利回りを受け入れていることで発生する。ただし0.005%のグリーニアムは、予想を上回ったとは言えないだろう。やはり、流動性リスクが意識されたことが影響しているのではないか。

発行市場では、プライマリーディーラー(銀行、証券会社)が、政府のGX政策に協力し、積極的に入札に参加した可能性がある。つまり、一種の忖度があったため、小幅ながらもグリーニアムが生じた可能性があるだろう。しかし、流通市場ではそうした要素はないことから、今後流動市場で取引されていく中、GX債のグリーニアムは消滅する可能性もあるだろう。

2023年度に計1.6兆円、10年間で20兆円の移行国債発行

財務省は、27日には8,000億円程度の5年物のGX移行国債の入札も実施する。政府は、2023年度に計1兆6千億円程度の発行が予定しており、今後10年間で約20兆円の移行国債を発行し、政府のGX投資に充てる計画である。償還に必要な財源は、化石燃料を輸入する企業に燃料のCO2排出量に応じて求める賦課金と排出量取引で政府が電力会社に排出枠を有償で割り当てる2つの仕組みで賄う。前者は2028年度、後者は2033年度に始める。

初年度にGX移行国債発行で得られた1.6兆円について、政府は製鉄工程の水素活用に2,564億円を割り当て、日本製鉄やJFEスチールなどの取り組みを後押しする。また、消費電力を従来の100分の1に抑えられる「光電融合」といった次世代半導体の開発、金属部品などの熱処理に用いる工業炉の脱炭素、次世代原子力発電の開発を狙う企業なども支援対象とする予定だ。

日本は移行債で世界をリードすべき

ところで、2023年度の政府のGX投資の対象から、火力発電の燃料をアンモニアに転換する「燃料アンモニア事業」が除外された。欧州を中心に海外では、CO2排出量の多い石炭火力発電をできるだけ早期に停止すべきとの意見が強い。GX移行国債の発行で賄った資金を石炭火力発電の分野に充てると、「グリーン・ウォッシュ」との批判を海外投資家から受けるリスクがある。そこで、初年度については、「燃料アンモニア事業」を投資対象から外したのである。

しかし、CO2排出量の削減は、CO2排出量の多い分野での取り組みこそ、より大きな影響力を持つ。この点から、石炭火力発電を早期に停止するよりも、よりCO2排出量を削減できる生産体制に転換することを助けることに、お金を使うべきだ。これが、脱炭素社会への移行を助ける移行債の考え方だ。

日本は、世界の中で初めて国債として移行債を発行した国だ。今後は移行社債の発行もさらに拡大させ、移行債の分野で世界の脱炭素政策をリードすることを目指すべきだ。海外の投資家にも、移行債の重要性を強くアピールして欲しい。

(参考資料)
「世界初の移行債入札は弱め、金利先高観-グリーニアム0.5bp」、2024年2月14日、ブルームバーグ
「GX債の初入札、応札倍率2.9倍に 通常債下回る」、2024年2月14日、日本経済新聞電子版
「「GX経済移行債」14日初入札 企業の脱炭素支援を加速-News Forecast」、2024年2月14日、日本経済新聞電子版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。