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足もとではガソリン小売価格を20円程度抑制

政府は、今年4月末で期限を迎えるガソリン補助金制度を、夏頃までを視野に延長する検討に入ったとされる。電力・ガス補助金については、5月以降に補助金が減額される方針となっているが、ガソリンについては5月以降の取り扱いは示されていない。

ガソリン補助金は2022年1月に開始され、その後6回に渡って延長が繰り返されてきた。昨年9月に延長された措置のもと、レギュラーガソリン価格(全国平均)は1リットル175円程度に抑制されてきた。

経済産業省によれば、2月13日時点で、レギュラーガソリン価格(全国平均)は1リットル当たり174.4円となった。ガソリン補助金がない場合の価格は194.6円であり、20.2円分の価格が補助金で抑制されている。補助金による価格抑制の幅は、昨年10月末の37.1円が昨年のピークであったが、それと比べれば足元では半分弱まで縮小してきている。

実質賃金の低下が続き、物価高に対する国民の不満が強い中、さらなる物価高につながるガソリン補助金の終了を決めることは、政治的には簡単ではないだろう。しかし、一時的措置として始めた同制度が既に2年を超える中、安易に再延長を決めることには問題がある。

ガソリン補助金、「トリガー条項」の凍結解除の問題

既にガソリン補助制度の予算は合計で6.4兆円にも達しており、さらなる延長は財政負担を一層増加させてしまう。

それ以外にも、補助金によるガソリン価格の抑制には、価格メカニズムを歪めてしまうという問題もある。本来であればガソリン価格の上昇がガソリン需要の減少を通じて脱炭素を後押しするところであるが、そうした効果も損ねてしまっている。

政府は、ガソリン補助金制度の出口として、ガソリン補助金制度の終了とともにガソリン税の一部を軽減する「トリガー条項」の凍結解除を行うことで、ガソリン価格が上昇しないようにすることも引き続き検討していくとみられる。

しかし、凍結解除には根拠となる震災特例法の改正が必要であり、それには時間がかかる。また、「トリガー条項」が発動されれば、ガソリンの全国平均小売価格が3か月連続で1リットル当たり160円を超えた場合に、上乗せされる25.1円のガソリン税が免除される。現状であれば、補助金制度がなくなっても、「トリガー条項」発動でガソリンの小売価格は170円を僅かに下回る水準になる。

他方で、ガソリンの全国平均小売価格が3か月連続して1リットル当たり130円を下回らなければ、ガソリン税の上乗せ分は復活しない。現状で考えれば、「トリガー条項」が発動されれば、事実上の恒久減税措置となりかねない。トリガー条項の発動が1年間続けば、国で1兆円程度、地方で5千億円程度の税収減となる。その財源の確保は容易ではなく、結局、国債発行で賄われ、財政赤字、政府債務のさらなる拡大につながる可能性が考えられる。

低所得者に対象を絞った支援を

ガソリン価格の抑制策は、すべてのガソリン購入者を対象にするものではなく、ガソリン価格の上昇によって生活が圧迫されている低所得者に対象を絞るのが良いのではないか。例えば、一定の所得水準以下の人には、ガソリン購入後に一定額の補助金が支給されるような仕組みが考えられる。

生活に余裕がある人を含むすべての人に対する物価高対策ではなく、弱者に対する物価高対策に衣替えすれば、上記のような財政負担の問題、価格メカ二ズムを歪める問題、脱炭素政策に逆行してしまう問題などは、すべて緩和されるはずだ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。