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発言はマイナス金利解除の地均しの一環

日本銀行の植田総裁は、2月22日の衆議院予算委員会で議員から「今はデフレかインフレのどちらなのか」と問われ、「賃金上昇を反映する形でサービス価格が緩やかに上昇する姿は続いている」、「去年までと同じような右上がりの動きが続くと一応、予想している。そういう意味でデフレではなくインフレの状態にある」と語った。

「インフレ」というかなり刺激的な言葉を総裁が使ったことは、見逃せない。この発言は、足もとで急速に進む、日本銀行によるマイナス金利解除の地均しの一環である可能性が高い。この点を踏まえると、4月を待つことなく3月の金融政策決定会合でマイナス金利政策が解除される可能性も相応に高まってきた、と考えてよいのではないか。

この総裁発言で重要なのは、「インフレ」という言葉には、「物価上昇率が高すぎて困ったこと」というマイナスのニュアンスがある点だ。「デフレ」が「物価が下落して困ったこと」を意味するのと同様である。

日本銀行は、「インフレ」、「デフレ」という言葉を使うことを避ける傾向がある。それは、一般に用いられる「インフレ」、「デフレ」が、経済学的に用いられる持続的な物価上昇、持続的な物価下落といった純粋に価格の変化を記述する意味にとどまらず、政治的な意味合いを含んでいるためだ。

政府や国民が考える「デフレ」とは、単に物価が下がり続ける状態だけでなく、賃金が下がり続ける、雇用環境が悪化し続ける、景気が悪い、といったかなり幅の広い概念であり、経済学的に用いられる「デフレ」とは異なる。

日本銀行は「ビハインド・ザ・カーブ」を認めたか

そこで日本銀行は、政府の公式見解に合わせて「もはやデフレと言えない状況」といった表現は使ってきたものの、「デフレ」の定義を明確に示したことはない。政治から距離を置くためだ。

同様に、単に持続的に物価が上昇を続けている状態とは異なる意味で理解されやすい「インフレ」という言葉を使うことにも、日本銀行は今まで慎重であったと考えられる。

ところが、今回、総裁がこの言葉を使ったのは、それが悪いニュアンスで国民などに受け止められることを覚悟したうえでのこと、のようにも思われる。日本銀行の物価安定に向けた対応が後手に回り、悪い形で物価が上振れてしまった、いわゆる「ビハインド・ザ・カーブ」の状態に陥ったことを認めているようにも感じられるのである。

それでも、このタイミングで金融市場に早期のマイナス金利政策解除を織り込ませる強いメッセージを送りたかったのではないか。

市場の一部で速いペースでの利上げ観測が浮上する可能性

日本銀行は、「マイナス金利政策を解除しても当面緩和状態は続く」との説明を繰り返しており、政策金利をゼロ近傍の水準で維持する考えを示している。しかし、悪い形での物価上昇率の上振れ、つまり「インフレ」が起こっているのであれば、この言葉は額面通りには受け止められないことになる。

金融市場の大半は、「マイナス金利政策を解除しても当面緩和状態は続く」との日本銀行の説明を信じるとしても、今回の総裁の「インフレ」発言などを受けて、日本銀行の真意を測りかねる向きも出てくる可能性がある。彼らが、早ければ3月に実施されるマイナス金利政策解除後に、日本銀行が現在の説明とは異なり、政策金利を比較的速いペースでさらに引き上げていくとの観測を持てば、それが長期金利上昇や円高を引き起こすことになるだろう。

最終的には、物価上昇率は目標値の2%を下回り続け、日本銀行はマイナス金利解除後に追加で政策金利を引き上げることが難しくなる可能性を見ておきたいが、マイナス金利解除直後の短期では、以上のような形で金融市場の動揺が引き起こされる可能性も考えておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。