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3月1日につなぎ予算が期限を迎える

政治的分断が進むもとで、米国議会の機能不全が改めて浮き彫りになっている。米国議会では、ウクライナ・イスラエル向け支援法案の審議が滞っているが、そうした中、現行のつなぎ予算が3月1日に期限を迎え、政府閉鎖のリスクが再び浮上している。

昨年10月に2024年度予算が始まって以降、未だに予算案、正式には12本の歳出法は成立していない。昨年9月以降、3回にわたってつなぎ予算が可決された。1月中旬に成立した現行のつなぎ予算は、3月1日と3月8日に期限を迎える。それまでに歳出法案が可決されなければ、あるいはつなぎ予算が改めて可決されなければ政府機関は閉鎖され、経済活動に打撃が及ぶ。

大統領選挙が本格化し、保守強硬派のトランプ前大統領の影響力が高まる中、民主党と共和党の間で妥協はますます成立しにくくなっており、政府閉鎖のリスクは相応に高まっていると言えるだろう。

共和党などでの保守強硬派である下院の「フリーダム・コーカス(自由議連)」が、共和党のジョンソン下院議長に対して21日に書簡を送り、政府閉鎖回避に向けた超党派予算案に関する上院民主党との協議を打ち切り、代わりに昨年成立した財政責任法に盛り込まれた一律の歳出削減を実施するよう求めた。

財政責任法では4月30日までに2024会計年度(2023年10月─2024年9月)本予算が成立していない場合に、一律1%の歳出削減を義務付けている。

政府閉鎖は経済活動に大きな打撃

1981年以降、米国では14回の政府閉鎖が生じた。1日で終わったものもあったが、最長は2018年から2019年にかけての35日間である。当時は、トランプ前大統領がメキシコとの国境の壁建設に57億ドルを要求したことを巡る、与野党間の対立が背景にあった。

米政府支出はGDPの約4分の1を占めていることから、その支出が滞れば直接GDPを押し下げる。2018年から2019年にかけての35日間の政府閉鎖では、米議会予算局(CBO)は経済損失が約110億ドル生じたと推計した。

政府閉鎖となっても、すべての連邦政府機能が停止する訳ではない。政府が「必要不可欠」と見なすサービス、軍事活動と航空交通管制、退役軍人の医療、連邦犯罪捜査などは継続される。また、郵政公社と連邦準備制度理事会(FRB)は独自の財源を持つため、ほとんど影響を受けない。それでも多くの政府機関の機能が停止し、連邦職員の多数が自宅待機となる。

米国債格下げで世界の金融市場が混乱も

さらに、政府閉鎖となれば、大手格付会社のムーディーズが米国債の格付けを最高位から引き下げる可能性が高まる。ムーディーズは昨年9月に、米国政府機関が一部閉鎖に追い込まれれば、米国債の「信用面でマイナスだ」と表明した。さらに10月には、米国債の格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げた。財政赤字の拡大に加えて、「議会内で政治的二極化が継続」しているという政治的混乱が、政府や議会による財政ガバナンスを低下させていることをその理由に挙げている。

今回、政府閉鎖となれば、ムーディーズは長期発行体格付けおよびシニア無担保格付けを最高位の「Aaa(トリプルAに相当)」から引き下げる可能性がある。その場合には、2011年に米国債の格付けを最高位から引き下げたS&P、2023年8月に引き下げたフィッチに続き、大手格付会社のいずれからも、米国債が最高位の格付けを失う異例の事態となる。

その際には、S&Pの格下げ時に生じたように、顕著な株価の下落とドル安が進む可能性があるだろう。さらに、大手格付会社がすべて格下げをすることから、米国債の利回りが上昇し、それが株価の下落とドル安をさらに増幅する事態も考えられる。

仮に今回、つなぎ予算の成立によって、政府閉鎖を回避することができたとしても、本予算(歳出法案)の成立が先送りされれば、先々政府閉鎖による経済の打撃と、ムーディーズによる米国債格下げのリスクは残ることになる。

米国での政治分断と米国議会の機能低下は、ウクライナ支援の停滞と国際社会における米国の指導力低下をもたらすのみならず、政府閉鎖を通じて米国経済や世界の金融市場に大きなリスクとなっている。

(参考資料)
「米共和強硬派、下院議長に予算交渉停止を要求 来月の期限控え」、2024年2月22日、ロイター通信ニュース
「バイデン氏、政府閉鎖回避に向け野党と会談へ つなぎ予算打開策協議」、2024年2月27日、毎日新聞速報ニュース

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。