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日銀の異例の金融緩和は、リーマンショック後に行き過ぎた円高・株安を修正

2月22日に、日経平均株価は34年ぶりに史上最高値を更新した。株価の水準はバブル期のピークを超えたが、それは10年余りの蓄積の結果である。バブル崩壊後に下落傾向を辿った株価をさらに押し下げたのが、2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)だった。それによって、日経平均株価は7000円台まで下落し、ドル円レートは1ドル70円台まで円高が進んだ。

リーマンショックによる円高・株安は行き過ぎたと思われるが、それが修正されるきっかけを作ったのは、2013年4月の日本銀行による「量的・質的金融緩和」である。それ以降、円安・株高の流れが10年以上続いており、その延長線上に1ドル150円台までの円安と日経平均株価の史上最高値更新がある。

しかし、日本銀行の異例の金融緩和が、日本経済を改善させた明確な証拠はないだろう。足もとでの物価高は、金融緩和の直接的な影響によるものではなく、世界的な食料・エネルギー価格の高騰と円安の影響によるものだ。金融緩和は、実体経済には目立った影響をもたらさない一方で、株式市場、為替市場など金融市場には大きな影響を与えたのである。

世界的な物価高騰による金融緩和効果の強化が円安・株高を後押し

こうした点が、足もとでの急速な株高の背景を考える上での重要なヒントとなる。世界的な物価高騰の下、日本銀行は異例の金融緩和を維持してきた。その結果、企業、個人、市場の中長期の期待インフレ率(物価上昇率見通し)は上振れ、実質金利(名目金利-期待インフレ率)は大きく低下した。実質金利が低下すると、それは金融緩和効果が高まることになり、景気刺激効果を発揮するのが通例である。

しかし、2023年10-12月期の実質GDPが2四半期連続で前期比マイナスとなったことにも表れているように、経済を刺激しているようには見えない。物価高騰で個人消費が打撃を受けていることが一因であるが、設備投資も弱い状況が続いているのである。

他方、実質金利が低下して金融緩和の効果が強められることは、金融市場には大きな影響を与えている。円安・株高の同時進行である。それは過去10年以上続く流れではあるが、コロナ問題、ウクライナ問題を受けた世界的な物価高騰で一気に増幅された感がある。

この過程では、「物価高」、「円安」、「金融緩和」の3つの要素がスパイラル的に循環し、それぞれが株価を押し上げているのが現在の構図だ(コラム「 日経平均終値史上最高値更新を主導した3つの要因『物価高・金融緩和・円安』の循環に逆回転のリスクも 」、2024年2月22日)。

マイナス金利政策解除が円安・株高の流れを逆転させるきっかけにも

しかし、この先、物価上昇率が低下傾向を辿る一方、日本銀行が早ければ3月にもマイナス金利政策を解除し、大きな政策転換を図ることが見込まれる中、「物価高」、「円安」、「金融緩和」の循環が逆回転に転じ、株価に逆風になる可能性が考えられる。

世界的な物価高騰下で、円安進行を伴い日本株が世界で一人勝ちの様相を強めた昨年来の株価上昇部分、つまり日経平均株価で3万円を超える領域には、行き過ぎの要素が含まれていると考えておきたい。そのため、環境が変化すれば、来年にかけて株価は3万円程度までは調整する可能性があるのではないか。

実質金利上昇による米国経済減速の可能性

ところで、実質金利低下による金融緩和効果の高まりが、円安・株高を促すなど、金融市場、資産市場には大きな影響を与える一方、実体経済には目立った影響を与えないのはなぜだろうか。背景には、日本経済の潜在力が大きく低下し、将来の成長期待が高まらない中、実質金利の低下が、個人消費や設備投資を刺激しにくくなっていると考えられる。つまり、日本経済は金利感応度を失った状態である。

これとは対照的に、米国では、米連邦準備制度理事会(FRB)が大幅に政策金利を引き上げる中でも、経済は顕著に減速していない。政策金利は現在、5.25%~5.5%と米連邦公開市場委員会(FOMC)の参加者が想定する中期的な水準の2.5%程度を大幅に上回っている。また、大幅な利上げによって中長期のインフレ期待が安定を維持する中、実質政策金利は3%強の高い水準にあると推測される。

こうした金融環境のもとでも、米国経済が安定を維持しているのは、日本とは逆に、経済の潜在力が高まり、先行きの成長期待が高まっているため、と考えることもできる。しかし、それを裏付ける明確な証拠は見当たらない。コロナ問題、ウクライナ問題共に、米国経済、世界経済の潜在力にはむしろマイナス要因と考えることができるだろう。

さらに、この先は、インフレ率の低下がさらに進む一方、FRBがなお利下げに慎重な姿勢を続ける中、実質政策金利はさらに上昇し、金融引き締め効果は一段と強化されていくだろう。

それが、米国経済に減速をもたらせば、米国株が調整するとともに、利下げ観測の強まりからドル安傾向が強まる。それも、日本の円安・株高の流れを逆転させるきっかけの一つとなり得るのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。