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3月4日の取引時間中に、日経平均株価は4万円の大台を超えた。1989年12月のバブル期の史上最高値を2月22日に更新してから僅かな期間で、次の節目がクリアされた。

他方、物価高の影響で国内消費は低迷し、また政治の混乱が強まる中での株価上昇には、違和感もある。物価高が進む一方、賃金の上昇がそれに追い付いていないことから所得分配が企業に偏り、企業収益が名目値で拡大している。いわば水膨れしていることが株高を支えている面があり、個人にとっては逆風の経済環境が、株式市場には追い風になっている構図だ。

日本株高は、米国株高など海外要因に支えられている面も多いが、国内の要因に注目すると、「物価高」、「金融緩和」、「円安」の3つの要素が相乗的に循環するというメカニズムによって支えられている面がある(コラム「 日経平均終値史上最高値更新を主導した3つの要因『物価高・金融緩和・円安』の循環に逆回転のリスクも 」、2024年2月22日)。しかしこうした循環は、持続的ではないだろう。既に物価上昇率は低下傾向が明確になっており、株高を支えてきな重要な要因の一つには変調が見られている。

物価上昇率がこの先低下傾向を辿れば、金融緩和の効果が薄れ、それ自身が株価を押し上げる力を弱めるとともに、円安圧力が薄れることも通して、株価に逆風となる。

短期的には、ドル円レートの行方が株価に大きく影響するだろう。ドル円レートは2月に1ドル151円手前まで円安が進んだ後に、膠着状態に陥っている。151円台は、2022年、2023年に2回、円安のピークとなった水準だ。今後、この水準を抜けて円安が進めば、円安に弾みが付き、それは日本株をさらに押し上げる可能性がある。

他方で、1ドル152円に届かないケースが3回目となる場合には、この水準が強い抵抗ラインとなり、円高方向への動きが強まる可能性がある。その場合には、日本株の調整のきっかけになるだろう。

当面の為替市場に大きな影響を与えるイベントとして注目しておきたいのは、日本銀行の政策だ。日本銀行は、3月あるいは4月にマイナス金利政策の解除に踏み切る可能性が考えられる。日本銀行は、マイナス金利政策解除後もゼロ近傍の政策金利が続くとの見通しを示している。しかし、日本銀行が2%の物価目標達成を宣言するのであれば、中立的な政策金利の水準は2%を上回るはずであり、マイナス金利政策解除後もゼロ近傍の政策金利が続くとの説明には矛盾が生じる。

仮に、金融市場がこうした日本銀行の説明の矛盾をついて、マイナス金利政策解除後に、比較的迅速に政策金利が引き上げられるという見方を強めれば、為替市場では円高が進み、株式市場には逆風となるだろう。

現状では、日本経済の潜在力が高まり、企業の収益性が持続的に高まったことを示す明確な証拠はない。そうした中、実体経済から乖離した形での株高を支える「物価高」、「金融緩和」、「円安」の循環が逆回転を始めれば、株式市場には一転して逆風となる。現状は、こうした脆弱な基盤に支えられた株高現象なのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。