労働供給拡大から労働需要鈍化に局面変化
米労働省が3月8日に発表した2月分雇用統計は、強弱両面を併せ持つミックスな内容となった。非農業雇用者増加数は前月比27.5万人増加と事前予想の20万人程度を上回った。ただし、予想外の増加となり米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測に水を差し、金融市場全体に大きな影響を与えた1月分の雇用者増加数は、速報時点での35.3万人から22.9万人へと大きく下方修正され、速報値が過大であったことが確認された。この1月分の下方修正を踏まえると、雇用者増加数は事前予想を下回ったと言える。さらに、家計調査の就業者数は、2月に前月比18.4万人減と2か月連続の減少となった。
他方、失業率は3.9%と前月比3.7%から予想外の上昇となり、その水準は過去2年間で最も高くなった。また、2月の時間当たり賃金上昇率は、前年同月比+4.3%と1月の同+4.4%から低下した。失業率で示唆される労働需給が緩やかに緩和される中、賃金上昇率は低下傾向を辿っており、インフレ圧力は後退する方向が確認された。
注目したいのは、労働参加率が2月に62.5%と、過去1年間はほぼ横ばいとなっている点だ。コロナ問題で労働市場から一時的に退出する労働者が増えた後、再び労働市場に復帰する動きが強まった。これが労働需給の逼迫緩和とインフレ圧力の低下をもたらしてきたのである。しかし過去1年間は、労働供給の増加ペースは大きく鈍化している。その中で失業率が上昇しているのは、雇用者増加ペースの鈍化によるものだ。
労働需給の緩和と賃金上昇圧力の低下が、労働供給の拡大という供給側の要因によるものであれば、金融政策はそれを静観していれば良いことになるが、労働需要の鈍化という需要の下振れによるものであれば、金融緩和を検討する必要が出てくる。今回の雇用統計は、そうした米国経済の局面変化を示唆した面があるのではないか。
年内2回~3回の利下げの可能性が高まる
現時点では賃金上昇率はなお4%程度(2月に前年同月比+4.3%)と高い。労働生産性上昇率が1%程度であるとすれば、2%の物価目標と整合的な賃金上昇率は3%程度(実質賃金上昇率が1%程度)となる計算だ。そこに至るには、賃金上昇率はさらに1%程度下がる必要がある。足もとのトレンドの延長線で考えれば、あと1年程度で賃金上昇率はその水準に達する見通しだ。
FRBが注目するPCEコア指数は1月に前年同月比+2.8%であったが、これも向う1年程度で物価目標の2%程度まで低下することが見込まれる。このように、向う1年程度で物価上昇率が目標値に達し、賃金上昇率も物価目標値と整合的な水準まで低下する見通しが強まるのであれば、FRBは向う半年程度のうちに金融緩和に転じることが自然だ。金融政策の効果が発現するまでに半年程度の時間を要するとすれば、フォワードルッキングな政策の枠組みのもとでは、そのような行動をFRBはとることになるだろう。
今回の雇用統計を受けて、金融市場はFRBの金融緩和がやや前倒しされると読んだ。6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)までに0.25%の利下げが実施されると金融市場が織り込む確率はやや高まり、7割から8割となった。実際、6月のFOMCでの利下げが、現時点ではメインシナリオと考えてよいのではないか。その場合、FOMCの2回に1回のペースで利下げを実施すれば、年内の利下げ回数は3回となり、FOMC参加者の見通しと一致する。仮に利下げ開始の時期が多少後ずれしても、年内2回の利下げとなるだろう。
2022年以来のドル高円安の流れは転換しつつあるか
今年の年初には、金融市場は3月のFOMCでの利下げの可能性を強く織り込んでいた、それが6月へと後ずれしていく中、ドル円レートも1ドル140円程度から150円まで円安が進み、それが株価を押し上げた。
しかしこれから先は、利下げ時期の見通しがさらに大きく後ずれするリスクは限られるだろう。今回の雇用統計を受けて、ドル円レートは、同日の東京市場に続いて再び1時1ドル146円台まで円高が進んだ。日本銀行のマイナス金利政策解除の時期が近づいていることも合わせて考えれば、2022年以来のドル高円安の流れは転換しつつあると考えてよいのではないか。年末時点でのドル円レートは1ドル135円~140円と見ておきたい。そして円高進行は、年初来の急速な日本株高の流れにも逆風となる。
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