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約34年ぶりの円安水準

3月27日の東京市場で、ドル円レートは1ドル151円97銭と、152円直前まで円安が進んだ。これは、2022年、2023年の151円90銭台をわずかに超えて、1990年以来約34年ぶりの円安水準となった。

3月19日の日本銀行によるマイナス金利政策解除後も、大方に予想に反して、円安が進んだ。日本銀行が低金利を当面続ける考えを強調したことを、市場が想定よりもハト派の政策姿勢と受け止めたことが、その背景にある。さらにマイナス金利政策解除直前に発表された春闘での賃上げ率が、予想を大きく上回ったことで、金融市場での先行きの物価見通しも引き上げられた可能性がある。この2つの事象が重なり、実質政策金利(名目政策金利-予想物価上昇率)及びその先行きの見通しが低下したことが、円安進行を助けたと言えるだろう。

さらに、27日には、日銀政策委員会で最もタカ派とされる田村委員の講演テキストが発表されたが、そこでは、「ゆっくりと着実に正常化を進め、大規模緩和を手じまい」と述べられていた。これが、予想外にハト派的なコメントと市場で理解され、円安が進むきっかけとなった。

ドル円レートは重要な節目の水準に

ドル円レートは、現在、重要な節目にある。1ドル152円目前の水準は、昨年、一昨年と2回到達した円安のピークの水準だ。言い換えれば、同じ水準で2回、円安の流れが跳ね返されている。その結果、この水準は重要な意味を持つようになっている。

「3度目の正直」ではないが、今回もこの水準で円安がピークを付ければ、そこは非常に強い天井、との見方が広がり、為替は円高方向に振れやすくなるだろう。他方、過去2回の円安のピークの水準を超えて円安が進めば、円安方向の目途がなくなることから、円安に一気に弾みが付きかねない。これは、物価高を助長し、国民生活を圧迫しかねない円安を抑えようとしている日本政府にとっては、大きな脅威である。

現在のドル円の水準は、当局の防衛ライン圏に到達しており、いつ円買いドル売り介入が行われてもおかしくない状況だ。ただし、2022年の為替介入時と同様に、介入の事実を明かさない「覆面介入」となるだろう。

「投機」発言で為替介入の地均しか

財務官は25日に、「今の円安の動きは明らかに投機が背景にある」、「(為替介入については)常に準備はできている」と市場を強くけん制した。この「投機」という言葉は、為替介入が近いことを示す重要なメッセージである。財務官が「投機」という言葉を使ったのは、単に市場をけん制する狙いだけでなく、主に米国当局に対して、近い将来、日本が為替介入を実施しても、それは特定の為替水準を意識したものではなく、投機的な動きへの対応であることを、米国当局に予め示しておく証拠づくり、あるいは地均しと考えられる。そのため、この発言は、為替介入が近いことを強く示していると理解できるだろう。

マイナス金利政策解除で日本銀行は円安けん制の手段を手に入れた

為替介入だけで、為替市場の流れを大きく変えることはできない。東京外国市場での外為取引額が1日平均で60兆円規模に達するとみられる中、為替介入による需給への影響は大きくない。2022年の介入で最大規模となった2022年10月21日のドル売り円買いの金額でも、8.5兆円程度である。

ただし、政府の為替介入と日本銀行の金融政策が連携すれば、円安阻止に向けて相応の効果を発揮するのではないか。現在の植田総裁は、前総裁と比べて、為替の安定に向けて政府と連携する姿勢がより明らかだ。さらに、先週のマイナス金利政策解除によって、追加利上げという円安けん制の手段を日本銀行は手に入れた。追加利上げの時期が早まるとのメッセージや、実際に追加利上げを早めることによって、かなりの円安抑制効果を生じさせることができるのではないか。新たな手段を手に入れた日本銀行と政府が連携すれば、円安阻止にかなりの力を発揮することは可能だ(コラム「 防衛ラインに達した円安:当局は介入が近いことを強く示唆:マイナス金利解除で日銀も円安阻止のより強い手段を手にした 」、2024年3月26日)。

政府と日銀の連携は効果的だが、空白期間に円安が一段と進む可能性も

しかし、マイナス金利政策解除直後のこのタイミングでは、日本銀行は追加利上げを示唆するようなメッセージは送れない。また、金融市場でも追加利上げまでにはまだかなり距離があると考えるだろう。こうした空白期間に、政府が為替介入に踏み切っても、円安が進んでしまう可能性が目先はある。

1ドル152円の第1防衛ラインを抜ければ、1ドル155円が第2防衛ライン、1ドル160円が第3防衛ラインとなるのではないか。ただし、円安阻止に向けた政府と日本銀行の強い意志と連携が市場で意識されることで、1ドル155円の第2防衛ラインは破られない、と現時点では見ておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。