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先行きのインフレ率低下傾向に不確実性

10日に発表された米国3月CPIは事前予想を上回り、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測を一段と後退させた。またそれを通じて、ドル高、長期金利上昇、株安など、米国金融市場に大きな影響を与えている。

3月CPIは前年同月比+3.5%と、前月の同+3.2%を大きく上回った。また、食料・エネルギーを除くコアCPIは、3か月連続で前月比+0.4%と高めに振れ、前年同月比は+3.8%と前月と同水準となった。これらの数字は、米国のインフレ率の低下傾向が鈍ってきたとの足元で浮上している懸念を、さらに強める結果となっている。

CPI全体は、原油価格の上昇を受けたエネルギー価格の上振れの影響を大きく受けているが、食料・エネルギーを除くコア財は、前月比-0.2%と下落基調が続いている。他方、エネルギーを除くコアサービスは前月比+0.5%と高めの上昇率が続いている。特に3月の運輸サービスの価格は前月比+1.5%と、1月の同+1.0%、2月の同+1.5%から加速している。

賃金上昇率が低下傾向を辿っていることから、賃金上昇の影響を受けやすいサービス価格が主導する形で、コアCPIが再び上昇率を高め始めた、とまでは言えないだろう。しかし、今までと同様にインフレ率が今後も順調に低下していくかについては、不確実性が高まっていることは確かである。それは、FRBの金融政策にも大きな影響を与える。

年内利下げ見通しは1回強程度にまで縮小

今回のCPI統計を受けて、FF金先市場が織り込む年末までの利下げ幅は0.35%程度と、0.25%の幅で1回強程度の利下げまで見通しが後退している。

10日には、3月19~20日に開かれた連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨も公表された。それによれば、ほぼすべての参加者が、今年のある時点で利下げを始めるという見方で一致している。

ただし、先行きの物価上昇率について、警戒感を示す議論もなされている。議事要旨では、「(インフレが)広範囲に及んでおり、(インフレ率の上振れを)単なる統計的な異常値として割り引くべきではない」、「インフレ率が持続的に2%まで低下しているとの確信は深まっていない」などの意見も聞かれた。

今回のCPI統計は、こうした物価上昇率の上振れを警戒し、利下げに慎重なFOMC参加者の議論をさらに勢いづかせることになるだろう。

大統領選挙までに利下げが実施されるか

足元の物価動向とFRBの金融政策は、11月の大統領選挙にも大きな影響を与える可能性がある。バイデン大統領は10日に開かれた岸田首相との首脳会談後の記者会見で、3月CPIの評価を問われ、「CPI上昇率は2022年のピークの9%から3%程度にまで下がっている」点を強調し、物価安定に向けた政府の経済政策の成果をアピールした。

そのうえで、先日、大統領としては異例ではあるが、年内にFRBが利上げをするという見通しを示したことを受けて、「CPI統計によって利下げは少なくとも1か月遅れる可能性がある」としつつも、「年内に利下げが行われるという私の予測を堅持する」とした。

バイデン大統領にとってFRBの利下げは、米国がインフレ問題を乗り越えたことの証しとなる。政府の経済政策の奏功もあってインフレ問題が乗り越えられ、さらに経済、雇用を後押しする金融政策への転換に道を開いたとして、自らの経済政策の成果を国民に強くアピールできる。

しかし、現状では11月5日の大統領選挙までにFRBが利下げに動く、つまり遅くとも9月17・18日のFOMCで利下げが行われる確率は、金融市場の織り込みでは7割程度にまで後退してきており、今後さらに低下する可能性もある。

米国経済は予想以上に安定しており、それは大統領選挙に臨むバイデン大統領にとって追い風であるはずだが、国民が特に関心を持っている物価動向と利下げについては、むしろ逆風が強まってきている状況だ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。