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いわゆる「連座制」の導入

自民党の「党政治刷新本部政治資金に関する法整備検討ワーキンググループ」は4月23日に、今国会での成立を期す政治資金規正法改正案の方向性を取りまとめた。

派閥の政治資金パーティでの収支報告書不記載の問題では、多くの議員が法的責任を免れた。その後に自民党は、党として関係者の政治的、道義的責任を明らかにするための処分を決めたが、国民の間では議員が十分に責任を取っていないとの不満が強く残っている。

これを受けて、自民党の改正案の方向性では、「代表者(政治家)の責任の強化」を掲げ、厳格な内容となっている、と説明している。

さらに、改正案の柱として自民党が強調するのが、いわゆる「連座制」の導入だ。この点は、自民党のホームページに以下のように説明されている。

「国会議員関係政治団体の代表者には会計帳簿等の保存や収支報告書が適正に作成されていることを確認することを義務付けます。会計責任者から代表者に収支報告書の作成について説明し、法律に基づいた作成について「確認書」を代表者が交付し、収支報告書と併せて提出することも義務付けます。会計責任者が不記載・虚偽記載で処罰された場合には、代表者に公民権停止といった刑罰を科すことで、公職選挙法の「連座制」に相当する厳罰を政治資金規正法に創設します」

「連座制」の実効性に疑問も

しかし、この「連座制」は、野党から厳しい批判を浴びている。この規定では、議員の責任が十分に問われない、との考えからだ。

自民党案の「連座制」について、立憲民主党の蓮舫氏は、議員が法的処罰を受けるのは、会計責任者の有罪確定が前提である点を批判している。今回の収支報告書不記載の問題では、会計責任者である二階元幹事長の秘書が立件された一部のケースにとどまっていることから、実効性がないと主張する。さらに議員が収支報告書を確認し「確認書」を提出しても、「確認はしたが不備は気付かなかった」、と言い逃れして罪を免れることができる、という点も指摘された。

ちなみに、モデルとなった公職選挙法の「連座制」では、候補者と一定の関係にある者が悪質な選挙違反をした場合には、候補者の当選が無効とされ、5年間の立候補制限が科される。

この収支報告書の不記載・虚偽記載では、「確認」に不備があったことが証明されて、初めて議員の責任が問われることになる。議員の責任の問い方としては、国民が望んでいるレベルには達していないのではないか。

国会審議は難航が避けられない

このほか自民党の改正案には、収支報告書に記載しなかった収入について、その相当額を国庫に納付させることや外部監査の強化、収支報告書のオンライン提出の義務化などが盛り込まれた。これらの点は前進である。

他方で、政策活動費の透明化やパーティ券購入者の公開基準額の引き下げ、「国会議員関係政治団体」から、より使途公開の基準が緩い「その他の政治団体」への資金移動の制限など、当初から議論されていた項目については改正案には盛り込まれず、課題が先送りされている。

自民党改正案は、公明党と調整のうえ与党案として一本化される。「連座制」については、公明党は自民党案を採用する考えであるが、他方で、自民党案には盛り込まれなかった政治資金パーティー券の購入者の公開対象拡大、政策活動費の使途公開については、公明党案には含まれている。自民党と公明党の間には温度差があり、両党間の調整は難航しそうだ。与党案の策定を、当初予想の週内から、5月の大型連休後に先送りする方針が、両党間で確認された。

さらに、野党からは「連座制」を中心に、与党改正案は不十分との批判を受ける可能性が高い。今国会で、どの程度踏み込んだ政治資金規正法改正案が成立するかはなお不確実であり、国会審議を経てもなお国民の間で強い政治不信は残ることになるだろう。

(参考資料)
「(社説)規正法 自民案 抜け道放置は許されぬ」、2024年4月25日、朝日新聞速報ニュース
「裏金疑惑:自公、議員罰則強化一致 連休明けにも与党案 規正法改正」、2024年4月25日、毎日新聞
「自公、議員の監督責任強化で一致 政治資金規正法改正 連休明けに結論」、2024年4月25日、日本経済新聞
「(政治改革2024)首相、後ろ向きの答弁 連座制・資金移動・企業献金参院予算委」、2024年4月25日、朝日新聞
「裏金疑惑:規正法自民案を批判 野党「小手先、連座にならず」 参院予算委」、2024年4月25日、毎日新聞

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。