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イエレン財務長官が日本の為替介入をけん制か

米国のイエレン財務長官は25日、ロイター通信とのインタビューで「市場が決定する為替レートを持つ大国」について、「介入がまれであることを願う。そのような介入がめったに起きず、過度な変動がある場合に限定され、事前に協議があることが期待される」と述べた。これは、円安を受けた日本当局がとり得る対応について問われた際の回答で、日本政府の為替介入をけん制する発言とも受け止められる。26日の日本銀行の金融政策決定会合後の為替動向次第では、政府は為替介入の実施を検討していると推測されるが、まさにその出鼻をくじくかのようなタイミングでの発言となった。

鈴木財務相は、先週ワシントンで開かれた日米韓財務相会議、G7会合、G20会合で「円安への懸念を共有することができたのは一つの成果」と評価し、さらに、「日本側から為替相場の行き過ぎた動きに適切な対応を取る考えも表明した」とした。そのうえで、介入を念頭に「環境が整ったのかということについては、そう捉えられてもいい」とかなり踏み込んだ発言をしている。為替介入の実施について、米国など他国から了解を得て、地均しはできた、とのニュアンスの発言だった(コラム「 1ドル155円台まで円安が進行:日銀の金融政策決定会合後に為替介入はあるか 」、2024年4月25日)。

しかしイエレン財務長官の今回の発言を受けて、実際のところは、日本政府が米国からの了解を得て、為替介入の実施でフリーハンドを得たかどうかが怪しくなった、と言えるだろう。

G7での為替に関するコミットメントの再確認で日米は「同床異夢」の状況に

政府は、4月14日に開かれたG7で、「我々は、2017 年 5 月の為替相場についてのコミットメントを再確認する」との文言が、日本の働きかけで盛り込まれたことを強調していた。さらに、円安阻止のために日本政府が為替介入を行うことに、他国が理解を示したとの解釈を示唆していた。

しかしここでいう「2017 年 5 月の為替相場についてのコミットメント」は、実際には多様な内容を含む点に注意が必要だ。以下に2017年5月のG7声明文(財務省の仮訳)で為替に関する記述部分を示す。

「我々は、為替レートは市場において決定されること、そして為替市場における行動に関して緊密に協議することという我々の既存の為替相場のコミットメントを再確認する。我々は、我々の財政・金融政策が、国内の手段を用いてそれぞれの国内目的を達成することに向けられてきていること、今後もそうしていくこと、そして我々は競争力のために為替レートを目標にはしないことを再確認する。我々は、すべての国が通貨の競争的な切下げを回避することの重要性を強調する。我々は、為替レートの過度の変動や無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与え得ることを再確認する。

我々は、国内の成長を支え、政策に関する不確実性を軽減し、負の波及効果を最小化し、透明性を向上させるために、マクロ経済及び構造問題に関する我々の政策行動を注意深く測定し、明確にコミュニケーションを行う。」

この記述のうち、日本は後半の「我々は、為替レートの過度の変動や無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与え得ることを再確認する」の部分を取り出し、日本の為替介入に理解が得られたと主張している。

他方で米国などは、「我々は競争力のために為替レートを目標にはしないことを再確認する」とした点、あるいは冒頭の「我々は、為替レートは市場において決定されること、そして為替市場における行動に関して緊密に協議することという我々の既存の為替相場のコミットメントを再確認する」といった部分でコミットメントを再確認した点を重視しているのではないか。つまり、為替は基本的な市場に任せること、為替市場における行動、つまり為替介入は事前に緊密に協議することを、各国間で再確認した点をより重視していると考えられる。

このように、G7で為替についてのコミットメントを再確認したと言っても、日米ではそれぞれ異なる部分に重点を置いており、いわば「同床異夢」の状況になっているのだろう。

円安阻止に向けて日本銀行への依存度が高まる

日本政府は2022年に、米国が難色を示す中でも為替介入を実施したとみられることを踏まえると、今回、イエレン財務長官が日本の為替介入をけん制する姿勢を見せるなかでも、介入に踏み切る可能性は十分に考えられるだろう。

国内企業や経済団体からは、円安の弊害を指摘する声や為替介入を求める声が高まっている。政府は、円安阻止に向けた対応をしていることを企業や国民にアピールすることが政治的には求められており、その観点からも、為替介入に踏み切る可能性は引き続き高いだろう。

しかし、米国当局から牽制を受けることは、為替介入実施に向けて一定程度の制約要因となることは否定できないところだ。その結果、日本銀行の追加利上げ、国債買い入れ削減を通じて長期金利上昇容認、あるいはそうした政策の実施を示唆する「口先介入」など、円安阻止に向けて政府は、日本銀行の対応により依存する傾向を強めていくことになるのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。