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米通商法301条に基づく措置

米バイデン政権は、中国製電気自動車(EV)の関税率を現在の25%から100%へ4倍にまで引き上げる予定、とウォールストリート・ジャーナル紙が報じた。早ければ14日に正式に発表する。EV以外にも、車載電池や電池生産に不可欠な重要鉱物、太陽光パネル、風力発電タービンなど、クリーンエネルギー分野での関税引き上げが検討されている。

この関税引き上げは、不公正貿易とみなす相手国への一方的な制裁を認めた米通商法301条に基づく措置となる見込みだ。ただし、中国製EVの米国での販売実績は現時点ではほぼゼロであり、そうした下で米通商法301条を発動するのは、かなり異例と言えるだろう。

これには、いずれ中国製EVが米国市場を席捲すること未然に防ぐ狙いがある。中国のBYD(比亜迪)が欧州市場で販売を伸ばしていることから、安価な中国製EVが将来米国市場に流入することへの懸念が国内で強まっていた。国内での中国警戒論に応える、大統領選挙対策といった政治色が強い措置なのではないか。

欧州委員会は昨年以降、中国の再生エネルギー分野の製品に対する調査を相次いで発表してきた。また、フォンデアライエン欧州委員長は5月6日にパリで、中国の習近平国家主席と会談したが、その席でもこの問題を取り上げた。会談後の記者会見では、中国がこの問題に適切に対処しない場合は、必要な対応をとると明言している。

欧州委員会は、中国からのEV、太陽光発電機器、風力発電タービンなどを対象に、関税引き上げなどの対抗策を視野に入れているが、バイデン政権は、欧州委員会に先駆けてそうした製品への関税引き上げを決定する。

強まる中国過剰生産、「チャイナショック2.0」議論

クリーンエネルギー分野にとどまらず、中国は多くの分野で生産過剰に陥っており、その問題を緩和するために、安値で海外に輸出攻勢をかけている、と欧米諸国は中国を批判している。経済協力開発機構(OECD)によると、世界の鉄鋼の過剰な生産能力は、中国などの安価な鋼材が世界中に広がった約10年前の水準に近づいているという。当時は、米ペンシルベニア州やオハイオ州では多数の鉄鋼労働者が失職したとされる。これは、当時「チャイナショック」と表現されたが、10年経って同様の事態が懸念され始めており、「チャイナショック2.0」と呼ばれている。

中国は4月に成立した関税法の草案に、貿易相手国が協定に反して中国の輸出品に関税や制限を設けた場合には、輸入品に報復関税を課すという内容を盛り込んだ。欧米がクリーンエネルギー分野での中国製品向け関税の引き上げに動く場合、中国が報復措置を講じ、最終的に報復合戦へと発展するリスクがある。それは、世界に保護主義を蔓延させ、世界貿易の縮小につながりかねない。

現状では、この問題で欧米とは距離を置き、静観している日本が、どのような対応を見せるかは、今後の展開に影響していくだろう。

(参考資料)
"Biden to Quadruple Tariffs on Chinese EVs(米、中国EV向け関税を4倍に引き上げへ)", Wall Street Journal, May 11, 2024
「中国「過剰供給」、世界と摩擦――米、制裁関税上げへ EUも圧力」、2024年5月12日、日本経済新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。