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ニューカレドニア暴動の背景にはニッケル生産での中国の影響力拡大も

日本では「天国に一番近い島」として知られる南太平洋のリゾート地、フランス領ニューカレドニアでは、5月中旬以降暴動が広がった。暴動の直接的なきっかけとなったのは、先住民以外の住民への参政権拡大につながる法改正に、先住民のカナック人が強く反発したことだ。ただしその底流では、ニューカレドニアでのニッケル生産が深く関わっている。

ニューカレドニアでレアメタル(希少金属)のニッケル鉱山が発見されると、フランスを中心に海外からの移住が増加し、先住民カナック人のアイデンティティが揺らいでいった。これが今回の暴動の底流にあるだろう。

他方、近年はニッケル生産でインドネシアの安価なニッケルに押され、これが経済環境の悪化につながっていた。これもまた暴動の原因の一つと考えられる。

ニッケルは、ステンレス鋼や日本の1円玉など硬貨の原料などにも使用されてきた。そして近年では、電気自動車(EV)のバッテリー製造に欠かせないものとして、需要が高まっている。ニッケルの生産量は埋蔵量が世界最大とされるインドネシアが第1位で、世界の半分程度のシェアがある。第2位がフィリピン、第3がニューカレドニアだ。

インドネシアでのニッケル生産の拡大に大きな影響力を与えているのが中国だ。インドネシア政府は、国内産業の発展のためにニッケル鉱石を加工しないまま輸出することを禁止する政策を打ち出し、2020年からは全面的に禁輸をしている。そこで中国企業が、インドネシアでのニッケル加工への投資を拡大させ、大量生産を行っている。これが供給過剰となり、ニッケル価格の下落をもたらしているのである。

そうした中、価格下落による採算悪化を受けて、スイスの鉱業大手グレンコアは、フランス領ニューカレドニアのニッケル工場の操業を停止した。また、西オーストラリア州では、少なくとも四つのニッケル鉱山が操業を縮小している。

中国のシェア拡大はコバルト、リチウムでも

リチウム電池に使われるレアメタルのコバルトの価格も、2019年以来の安値近くに低迷している。これも、中国による世界での生産拡大が影響しているとみられる。中国がインドネシアやコンゴ民主共和国で生産したコバルトが市場にあふれている。そのため、米で唯一のコバルト専用鉱山は、昨年、操業停止に追い込まれた。

また、コモディティ・データ会社ファストマーケッツによると、リチウム採掘に占めるシェアは、中国国内と国外の中国企業を合わせると、2018年の14%から今年は35%に拡大した。また、リチウム加工に占める中国国内のシェアは同期間に63%から70%へ高まったという。中国企業の強みは、低価格にあり、その背景には技術革新がある。

中国の生産過剰を巡る問題はさらに広がるか

欧米諸国は現在、経済安全保障の観点も含め、EV分野での中国の生産過剰、海外へのダンピング輸出を重要な問題としているが、重要鉱物、レアメタルでも同様の問題が生じているのである。

実際、中国は世界の鉱物の囲い込み競争で明らかに優位に立っている。西側企業が長年、汚職や政情不安などの問題から避けていたインドネシアやマリ、ボリビア、ジンバブエなどの資源大国にも、中国企業は積極的に進出している。また中国国有銀行も国外での発電所や工業団地に積極的に融資し、こうした中国企業の海外展開を助けている。

製造過程の川上の原材料から川下の完成品に至るまで、中国の生産過剰が今後も続く場合には、それらは世界の物価を押し下げるとともに、中国以外の国での生産活動を阻害するだろう。それを回避するため、先進諸国は、中国製品に対する制裁関税の導入、強化などの措置を一段と拡大していくことになるのではないか。

しかしそうした措置は、中国からの報復措置を生み、報復の応酬が繰り返される中で、世界の貿易はさらに縮小し、世界経済の潜在力を一段と削いでしまう。いずれにしても、世界経済には強い逆風となりかねない状況だ。

(参考資料)
"China Is Winning the Minerals War(中国の独壇場、鉱物資源の獲得競争で西側圧倒)", Wall Street, May 23, 2024

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。