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合計特殊出生率1.20

6月5日の厚生労働省の発表によると、2023年の出生者数は72.7万人と前年比4.3万人減少し、過去最低水準を更新した。また、合計特殊出生率(一人の女性が一生の間に出産する子供の人数。15~49歳までの全女性の年齢別出生率を合計したもの)は、1.20と2022年の1.26からさらに低下した。1947年に統計を取り始めて以降最低水準であり、前年を下回るのはこれで8年連続となる。

都道府県別の合計特殊出生率は、すべての都道府県で前年を下回った。最低となったのは東京都で、0.99とついに1を下回った。次いで北海道が1.06、宮城県が1.07だ。最も高かったのは沖縄県で1.60、次いで宮崎県と長崎県が1.49、鹿児島県で1.48である。

また出生率と関わる婚姻率も低下を続けており、2023年の婚姻率(人口千対)3.9と前年の4.1から低下している。また、平均初婚年齢は男性31.1歳、女性29.7歳と前年と同水準ながらも上昇傾向が続いているとみられる。

団塊ジュニア世代の若年人口が急激に減少する2030年代に入ると、少子化傾向はさらに加速してしまう。それまでが少子化に歯止めをかけるラストチャンスであると政府は説明している。

少子化対策関連法案が成立

奇しくも、合計特殊出生率1.20という衝撃的な数字が発表された同じ日に、少子化対策関連法案が参院本会議で自民、公明両党の賛成多数で可決された。衆院では4月19日に既に可決されていることから、これで同法案は成立した。

同法では、児童手当の支給拡大が柱となる。支給対象を高校生年代まで延長し、所得制限を撤廃する。第3子以降の支給額は月3万円に倍増する。このほか、親の就労に関係なく子供を預けられる「こども誰でも通園制度」を2026年4月から全国で開始し、保育サービスも強化する。

単純な経済的支援だけでは少子化問題は解決しない

しかし、児童手当の拡充を柱とするこれらの少子化対策は、出生率の引き上げなどに十分な成果を上げてこなかった従来型の対策の延長線上、との印象が強い。過去の政策の効果を慎重に検証、分析したうえで、費用対効果にも配慮して新たな政策を検討すべきであったが、実際にはそれらが十分になされていないように思われる。

子育ての負担が女性に偏っており、女性にとって引き続き子育てと仕事の両立が難しいことや、産休、育休がキャリアの障害になることなどが、出生率の上昇を阻んでいる面がある。育休の取得率は女性が8割超であるのに対して男性は14%程度と低く、しかも取得期間の多くが2週間未満と短い。

女性の子育ての負担を軽減する配偶者の意識をさらに高めていくこと、出産し子育てをする女性に対して、企業内でのキャリアに配慮するような企業の意識のさらなる変革も必要だろう。いずれにせよ、給付を増額するといった単純な経済的支援だけでは、深刻な少子化の問題は簡単に解決しないのではないか。

既婚者への支援が中心であることも問題

また、政府の新たな少子化対策は既婚者への支援が中心となっている。しかし実際には、少子化の進展は、既に見たような婚姻率の低下によるところも大きい。2023年の婚姻数は、47.5万組と90年ぶりに50万組を割り込み、前年比では6.0%の大幅減少となった。2000年代には出生数はまだ年間120万人程度あったが、その世代が結婚適齢期を過ぎる2030年頃には、出生数がさらに大幅に減少を始める可能性がある。

児童手当の支給年齢の引き上げ、所得制限の撤廃、多子世帯への加算は、それぞれ子どもを持つことのインセティブを一定程度高める方向に働くだろう。しかし、その効果がコストに見合ったものになるかについては、十分に検討すべきだ。そもそも、所得制限の撤廃は適切ではないように思われる。高額所得世帯が新たに児童手当を受け取っても、それが子どもを持つことのインセティブを高める効果は低いためだ。

さらに、人口減少対策としては、外国人材の積極的な受け入れも重要な選択肢となるだろう。外国人が労働供給、需要の両面から日本の潜在成長率を押し上げるとの期待が企業の間で高まれば、企業は中長期の成長率見通しを引き上げ、それに対応して設備投資を拡大させるだろう。それは、設備の増加と生産性の向上を通じて、潜在成長率をさらに押し上げることになるはずだ。

少子化は「静かなる有事」

少子化の進展は、日本経済の成長力を低下させ、国民の生活水準の改善を妨げる。また、年金・医療など社会保障制度の安定性・持続性も大きく揺るがしてしまう。この点から、少子化は、「静かなる有事」とも呼ばれている。経済、社会の安定の観点から、少子化対策は政府の優先課題の一つであることは疑いがない。人口が急速に減少を続ければ、将来の労働力が減少していく一方、消費者の数も減少していくことになる。つまり、供給面、需要面の双方から日本経済の将来は先細りとなっていく。人口が減少する中でも、労働生産性上昇率が急速に高まればそうした事態は回避できるが、それは簡単ではない。

人口減少によって日本経済が先行き成長する有望な市場ではないと考えれば、企業は国内での設備投資に慎重になる。生産活動に投入する機械などの設備投資が増加しなければ、新たな設備や技術を利用して労働者が生産性を大きく引き上げることは難しい。このように、人口減少は労働生産性上昇率や日本経済が成長する力を示す潜在成長率を低下させてしまうのである。

成立した少子化対策関連法の実効性には疑問が残ることから、同法の成立で少子化への取り組みを一段落させることなく、政府および社会は、引き続き強い危機感を持って、少子化対策の取り組みを加速させていくことが求められる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。