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ラピダスの政府保証は国民負担を生むリスク

政府は、融資保証を視野に入れて、ラピダスの国産半導体の量産化を支援する法的整備を進める法改正を、骨太の方針に盛り込む考えだ。方針の原案には次世代半導体の量産へ「必要な法制上の措置を検討する」と記された。

ラピダスは、米国・IBMの技術を使って、3年後の量産化を目指している。世界最先端となる回路線幅2ナノ(ナノは10億分の1)メートルの半導体を北海道に建設中の工場で2025年に試作し、2027年にも量産化する計画だ。政府はラピダスの研究開発に対して、既に総額9,200億円の補助を決定している。

ラピダスは先端半導体の量産には5兆円の投資が必要としているが、現時点では研究開発用の政府補助金の9,200億円とトヨタ自動車やソフトバンクなど民間から73億円の少額出資しか確保できていない。

量産に必要な資金は銀行融資で賄う考えであるが、銀行は5兆円規模の巨額の融資には慎重だ。ラピダスは半導体の生産実績もなく、リスクが高い案件であるからだ。そこで、銀行融資を引き出すために、政府保証を付けることが政府内で検討されている。

しかし、仮にプロジェクトが上手くいかなければ、ラピダスが銀行から借りた金を国が肩代わりして返済することになり、国民負担となる可能性が出てくる。そうなれば、国民から政府の責任も強く問われることになるだろう。

そもそも、量産に必要な資金の確保に目途をつけないなかで、ラピダスのプロジェクトがここまで進められてきたことには、綿密な計画の不足、あるいは杜撰な計画との印象があることは否定できない。

政府保証を巡る経済産業省と財務省の対立

政府保証について政府内では、日本での半導体復活を目指す経済産業省と、財政規律を重視する財務省とでは立場が異なる。財務省は、米国の補助金枠はGDP比の0.21%、ドイツは0.41%、日本は0.71%とそれぞれ試算し、日本の半導体支援が他国と比べて突出していると主張した。

これに対して経済産業省は、米国は補助金のほか税額控除が充実しており、ドイツも足元では補助金が膨らんでいるとして、それぞれのGDP比は0.5%、0.71%と見積もっている。これに対して日本は0.68%と算定し、日本の補助金は欧米並みと結論付け、財務省に反論した。

経産省が主導する政府保証の案については、年末に向けて政府内で議論が本格化する。他国との半導体の開発・生産競争が激しくなるなかで、産業競争力を高める一方、財政規律をどう維持するかが課題となっている。

安易な政府保証は事業の成功を阻害しないか

次世代半導体は、人工知能(AI)や自動運転にも必要となる。その国産化に成功することは、日本経済全体の成長にとっても非常に大きな意味を持つ。また重要物資である先端半導体を国内で調達することは、経済安全保障の観点からも必要性が高いものだ。

しかし、ラピダスのプロジェクトについては、まずは民間ベースで進むよう、最大限の努力をすべきではないか。量産化が実現しそれが巨額の利益を生むことを示す、具体的かつ実現可能性が高い計画を銀行側に提示し、融資を得られるように努めることが必要だ。そのうえで、どうしても政府による信用補完が必要な部分に限って、政府保証が検討されるべきだ。

当初から安易に政府保証に頼ると、必ず成功させるという事業の意欲が損なわれ、失敗を自ら引き寄せてしまうことにならないだろうか。安易な政府保証は、財政規律の観点のみならず、ラピダスのプロジェクトの成功をむしろ阻害してしまうリスクとなるのではないだろうか。

今度こそ日の丸半導体構想を成功に

過去の国主導の半導体復活の試み、いわゆる日の丸半導体構想はうまくいかなかった。1999年に、NECや日立製作所などの半導体部門が合流し「エルピーダメモリ」が生まれた。同社は、公的資金活用による300億円の出資を受けたが、2012年に経営破綻している。失敗の理由の一つに、民間企業の集合体であったため、いわゆる「船頭多くして船山に上る」の例えのように、迅速な意思決定ができない一方、責任の所在があいまいになってしまった面があった、との指摘がある。また、政府が関与することで、事業成功に向けた民間企業の責任意識が損なわれてしまったモラルハザードの側面もあったのかもしれない。

こうした点も踏まえると、できる限り民間ベースでラピダスがプロジェクトが成功するように、政府も強く働きかける必要があるのではないか。あるいはプロジェクトの進捗に合わせて、段階的に補助金を出す形とすれば、ラピダスが政府支援に頼りすぎるというモラルハザードのリスクを軽減することもできるだろう。

最終的に、部分的にせよ政府が保証を決める場合には、プロジェクトに政府が強く関与し、過去の日の丸半導体構想の失敗を繰り返さないこと、国民に負担が生じないようにすること、が強く求められる。

(参考資料)
「骨太原案、半導体量産へ法整備 自動運転は25年全国計画」、2024年6月4日、日本経済新聞電子版
「ラピダス政府保証案、補助金頼み脱却探る 膨らむ支援」、2024年6月1日、日本経済新聞電子版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。