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2025年度PB黒字化目標を巡る自民党内での意見は2分

6月下旬にまとめる骨太方針では、2025年度基礎的財政収支(プライマリーバランス:PB)の黒字化目標が大きな焦点の一つとなる。自民党内では、2025年度PB黒字化目標を堅持し、財政規律を維持する財政規律派と、2025年度PB黒字化目標を見直す、あるいは異なる指標を重視することなどで、財政出動の余地を広げることを主張する積極財政派との対立が続いている。

6月7日には、党財政健全化推進本部の古川禎久本部長らと財政拡大派が揃う党財政政策検討本部の西田昌司本部長らが、それぞれ財政政策及び2025年度PB黒字化目標に関する提言書を岸田首相に提出した。

財政健全化推進本部は2025年度のPB黒字化目標の堅持、2026年度以降もPB黒字幅を維持することを目標とすることを求めた。そのうえで、経済成長を促し、複数年にわたる歳出改革を続けるべきだと訴えた。

財政健全化推進本部は追加利上げを見据え、「もはや低金利を当然の前提にできなくなりつつある」と指摘した。「金利上昇による利払い費の急増リスクに直面する」と警鐘を鳴らした。利払い増加は、PBには影響しないとはいえ、財政環境全体を悪化させ、また金融市場における財政の信認を損ねるリスクがある。財務省の4月時点での試算によれば、長期金利がこれまでの想定より1%上がると、2033年度の国債の利払い費は追加で8.7兆円増加する。

他方で、積極財政派の党財政政策検討本部は、「財政健全化を叫んで歳出を抑制すると、経済成長を阻害し、逆に財政再建が遅れる」とした。また、「建設国債の発行を躊躇すべきではない」、「国債発行は孫、子の借金ではない」などと主張した。

議論の本格化は来年度に

財政政策検討本部は2025年度PB黒字化目標について、当初は、2025年度のPB黒字化目標に「断固反対」としていたが、今回提出した提言では「固執に断固反対」へと表現を修正した。これは、財政規律派に一定程度妥協することで、骨太方針での表現で落ち着きどころを探る狙いだろう。

財政政策を巡る議論が本格化するのは、2025年度になるというのが、党内及び政府の共通認識であり、その結果、今回の骨太の方針では、昨年までと同様に、「2025年度のPB黒字化目標」が維持される可能性が高まっている。目標が達成されるかどうか、来年度になれば答えが見えてくるはずであり、どちらの場合には新たな目標の設定が必要になる。財政健全化を巡る党内の議論は、来年度が本番となる。現在は、政治資金問題を受けて自民党が大きく揺らいでおり、できる限り党内での対立は表面化させたくないとの考えが共有されているだろう。

2025年度PB黒字化目標は現実的でない

ところで、2025年度PB黒字化目標を維持するかどうかが、財政規律を重視するかどうかの試金石となってきた。目標堅持は財政健全化の象徴的な意味合いが強い。しかし、2025年度PB黒字化目標堅持を主張するだけでは、本当の意味で財政健全化策を支持、推進していることにはならない。

内閣府が今年1月に示した中長期の財政試算によると、2025年度のPBはベースケースで2.6兆円の赤字、成長率が上振れる成長実現ケースでも1.1兆円の赤字である。さらに2023年度のPBは30.4兆円の赤字であり、2024年度の見通しは、双方のケースで18.6兆円の赤字である。

2023年度のPBの大幅赤字状態から、2024年度、2025年度にかけて急速に赤字幅を縮小させ、2025年度には小幅赤字にまで縮小するとの見通しは、非常に不自然に感じられる。2025年度のPB黒字化目標を堅持することを正当化するように、数字を合わせているとの印象が否めない。

目標を修正したうえで成長力強化と歳出改革の具体策を早期に決定すべき

PB黒字化目標の達成は、かなり以前の段階で、その実現可能性が大きく低下していたと言えるだろう。そうした中で2025年度のPB黒字化目標を堅持することは、真の意味での財政健全化重視の姿勢ではなく、事実上の問題先送りと言えるのではないか。

真に財政を立て直し、中期的に財政健全化を回復するには、まずは2025年度のPB黒字化目標の達成が困難であることを認め、2030年度黒字化目標など、より現実的なものに修正したうえで、今度こそはこの目標を達成できるように、成長力強化と歳出改革の具体策を早期に決定することが重要だ。

今回の骨太の方針において、2030年度黒字化目標堅持で自民党及び政府が合意することは、問題を1年間先送りしてしまうことに他ならない。財政環境が急速に悪化するなか、財政健全化に向けた貴重な時間を浪費することになってしまうのではないか。

(参考資料)
「財政健全化割れる自民 「堅持」「固執反対」2つの提言 首相「金融環境に目配り」」、2024年6月8日、日本経済新聞
「自民財政論議、党内融和を優先? 再建派・積極派が提言案、議論低調 PB黒字化、従来目標を踏襲」、2024年6月5日、朝日新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。