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円安リスクを意識した慎重な受け答え

6月14日の金融政策決定会合で日本銀行は、次回会合で国債買い入れ減額の具体的な計画を発表することを決めた(コラム「 日本銀行は次回会合で国債買い入れ減額計画を決定:日本銀行の円安恐怖症 」、2024年6月14日)。その後に開かれた記者会見で総裁は、想定問答に沿ったかなり慎重な受け答えに終始したとの印象がある。

前回4月の決定会合では、記者会見での総裁発言が、円安を容認するものと受け止められ、その後1ドル160円まで進む円安のきっかけとなった。その結果、政府と日本銀行の間に軋轢が生じた、とも報じられている。今回はそうした失敗を繰り返さないように、慎重に言葉を選んだ総裁の答弁が目立った。

前回の記者会見では、円安が物価に与える影響が大きくない、との総裁の説明が、物価高が消費者に与える影響を軽視しているとの批判を生み、また円安を容認しているとの市場の見方につながった。

前回と同じ轍は踏まず

今回の記者会見で総裁は、「為替は経済、物価に影響を与える」、「為替が物価により影響を与えやすくなっている」など、前回の説明を事実上修正した。さらに、「円安は金融政策運営上重要」であるとし、円安をけん制する姿勢を明確にしたのである。

今回の決定会合では、事前に予想されていた国債買い入れ減額の具体策の発表が次回会合に先送りされたことを受けて、会合終了後に1円程度円安が進んだ。総裁記者会見での円安けん制的な発言は事前にある程度想定されていたこともあり、為替を大きく動かす要因とはならなかったが、少なくとも前回会合後のように、総裁会見で円安が加速するという事態は回避された。前回と同じ轍は踏まなかったのである。

今回、国債買い入れ減額の具体策決定を次回に持ち越したことについて「時間稼ぎ」との指摘も聞かれたが、政策を小出しにすることで、円安のけん制効果を持続させる狙いもあったのではないか。

国債買い入れ減額は予見可能性と柔軟性のバランスを考慮し「相応規模」

記者会見での記者の質問の多くは、本日の決定会合で決まった、次回会合での長期国債買い入れ計画に集中した。今後1~2年程度の具体的計画を決定するが、これは1~2年で減額プロセスを完了することを意味するのではなく、予見可能性を重視して、1~2年の方針についてまず決定し、市場に示す狙いであると総裁は説明した。

他方、長期金利が大きく上昇する場合等を想定し、減額計画を開始した後にも、買入額を調整する柔軟性を残すとし、予見可能性と柔軟性のバランスが重要である、と説明した。

ただし、減額を始めるからには僅かな規模ではなく「相応の規模」で実施すると総裁は説明している。事前には、現行の月間6兆円規模の買い入れペースから5兆円規模への減額が予想されていたが、これを上回る減額規模となる可能性が高そうだ。5月については定例オペでの買い入れ額の削減により、月間購入額は4.5兆円まで減少している。7月に決まる減額のペースは、月間3兆円~4兆円程度となるだろうか。

フローの目標は意外

ところで、国債買い入れ減額計画での目標は、国債の残高削減のペースではなく、国債の購入額、つまりフローの目標とすると総裁は明らかにした。これは意外であった。

日本銀行の国債買い入れ・保有政策が国債の需給の変化を通じて長期金利に作用し、経済・物価に影響を与えるのは、フローの買い入れ額ではなくストックの保有額の変化によって決まると考えるのが自然であるからだ。

日本銀行が保有する国債の償還額が日々変化するなかで、買入額に目標を設定すると、残高削減ペースはその償還額の変化によって安定しなくなってしまう。これは、政策効果の予見可能性という観点から問題ではないか。

量的緩和策は終わらせない?

また総裁は、「超過準備ゼロが望ましいという前提では考えていない」と発言したことも意外であった。これは、国債買い入れ減額を進める中でも、長期国債を相応規模で保有を続け、超過準備を維持する考えを示している。これは、「量的緩和策」を終わらせないことを意味するのである。

日本銀行が2000年代に実施した前回の「量的緩和策」の効果については、経済・物価への影響は不明確であるが、超過準備を維持すること、つまり銀行に高水準の流動性を供給することが銀行の流動性リスクを低下させ、金融システムの安定に貢献した、との評価がなされた。しかし当時とは異なり、現在では金融システムは安定している。

金融政策を経済・物価に対して中立的にするのであれば、長期国債の保有額は大幅に削減し、超過準備の解消を目指すべきではないか。この点についての日本銀行の説明には疑問が残る。総裁は、最終的に適切な国債保有残高の水準は決め難い、と説明した。この説明で、国債保有残高の最終着地点についての市場の不確実性は大きく高まってしまったのではないか。

この2つの点において、日本銀行は先行する米連邦準備制度理事会(FRB)とは異なる独自のやり方で、バランスシート政策の正常化を進めようとしていると言える。

7月の国債買い入れ減額と追加利上げの同時決定はあるか?

記者会見では、「国債買い入れ減額計画の具体策決定を7月に先送りしたことで、同じ7月のタイミングで追加利上げが行われる可能性が下がった」との見方で円安が進んでいる、との記者の指摘があった。

総裁は、短期金利の引き上げは、2%の物価目標達成の確度の変化で決まるのに対して、国債買い入れ減額はそのような経済、物価動向を踏まえた金融政策決定ではないため、両者の決定は別々に行われるとした。そのうえで、7月に国債買い入れ減額計画の決定と追加利上げを同時に行うこともある、と説明したのである。

しかし実際には、大きな政策修正を同時に2つ実施することには、金融市場の安定の観点から相応のリスクがある。よほど追加利上げを急ぐ理由が生じない限り、次回7月の会合では、追加利上げは見送られると見ておきたい。追加利上げの時期は、最短で今年9月となるのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。