ロシアと北朝鮮が軍事的な協力関係を強化
ロシアと北朝鮮が6月19日の首脳会談で締結した「包括的戦略パートナーシップ条約」は、ウクライナとインド太平洋地域の軍事的緊張を一気に高めることとなった。
この条約の4条では、相互の軍事支援が定められている。集団的自衛権を認める国連憲章と、自国の法律に従って、ロシア、北朝鮮の「いずれか一方が武力侵攻を受けて戦争状態におかれた場合、(もう一方の国が)、遅滞なく、保有するすべての手段を用いて軍事その他あらゆる援助をする」と規定している。両国は軍事的な協力関係を強化したのである。
また条約の目的として「覇権主義的な目論見と世界秩序の一極化を強要するたくらみから国際的正義を守る」としており、米国などへの対抗姿勢を明らかにしている。
これは、ソ連と北朝鮮が1961年に締結し、ソ連崩壊で失効した「友好協力相互援助条約」の1条に似ているともされる。プーチン大統領も、2つの条約は「変わらない」との認識を示している。「友好協力相互援助条約」は事実上の軍事同盟とみなされ、そのもとで、朝鮮半島有事の際にロシアが北朝鮮を支援し、軍事介入する根拠になると、長らく警戒された。
北朝鮮の金正恩総書記は、今回の条約を「同盟」と呼び、ロシアとの軍事的協力関係を強化することで、日米韓3か国に対抗する狙いがこの条約締結にはある。他方ロシアは、ウクライナ戦争で北朝鮮から軍事的支援を受けていることを正当化する狙いがあることに加え、西側諸国のウクライナへの軍事的支援をけん制する狙いがあるだろう。そしてプーチン大統領は、「包括的戦略パートナーシップ条約」を結んだ北朝鮮への武器供与を「排除しない」と述べた。
米国と韓国の当局者らは、ウクライナ戦争で北朝鮮がロシアに提供している砲弾や短距離弾道ミサイルの見返りとして、宇宙関連技術やその他の先進的なシステムをロシアが北朝鮮に提供する可能性があると見ている。
日米韓は強く警戒
ロシアの兵器が北朝鮮に供与されれば、北朝鮮と対峙する日本や米韓にとって非常に大きな脅威となる。それは、インド太平洋地域の安全保障環境の悪化につながる。
林官房長官は20日の記者会見で、「プーチン大統領が国連安保理決議への直接的な違反となりうる北朝鮮との軍事技術協力を排除しなかった点は、わが国を取り巻く地域の安全保障環境に与える影響の観点からも深刻に憂慮している」と述べた。
また、米国のカービー米大統領補佐官は20日に、「包括的戦略パートナーシップ」について、「驚きはない」が「懸念している」と述べ、日米韓3か国を含むインド太平洋地域の同盟諸国との連携強化で抑止力の維持を図る考えを強調した。
日本や米国などが、国連安全保障理事会で対応を協議する緊急会合の開催を要請し、28日に開催する方向で調整されている。
ウクライナへの兵器支援の方針を見直すとの韓国の表明にロシアは強く反発
「包括的戦略パートナーシップ条約」にいち早く反応したのが韓国だ。韓国は20日、ウクライナに対する兵器支援の方針を見直すと表明した。今までは殺傷兵器の提供を控えてきたが、直接供与を検討するとした。
これに対してプーチン大統領は、韓国がウクライナ支援で方針を転換すれば、報復措置を行う考えを示唆した。さらに韓国と北朝鮮を念頭に、「ある国がロシア国内を攻撃できる兵器をウクライナに供与した場合、ロシアもその国と敵対する国への兵器供与を検討する」と表明した。
また、ウクライナ戦争については、現時点では、北朝鮮との相互支援を規定した新条約は適用されない、との見方を示した。「北朝鮮からは兵士派遣を含め支援は必要ない」と主張し、北朝鮮から兵士の派遣は受けないとの認識を示した。
米国と韓国の当局者らは、ウクライナ戦争で北朝鮮がロシアに提供している砲弾や短距離弾道ミサイルの見返りとして、宇宙関連技術やその他の先進的なシステムをロシアが北朝鮮に提供する可能性があると見ている。
中国の北朝鮮への抑えが効かなくなる懸念
北朝鮮の軍事的脅威にさらされる日米韓などの国々が警戒するのは、北朝鮮がロシアと接近することで、北朝鮮の核開発を抑える中国の影響力が低下してしまうことだ。
中国はロシアと関係を深めつつも、北朝鮮を加えた3か国が一体であるとみなされることを避けてきたとされる。北朝鮮が目指す「核兵器の小型化・軽量化」、「戦術核兵器の開発」、「超大型核弾頭の生産」には追加の核実験が必要になるが、2017年9月の6回目の核実験を最後に北朝鮮が核実験を行っていないのは、中国がそれを阻んでいるため、との見方がある。中国は、北朝鮮の各種ミサイルや軍事偵察衛星の発射などは黙認しても、核実験は断固として許していない。それは、東アジアで韓国や台湾、日本にまで核保有国が広がってしまう恐れがあるからと考えられている。
しかしロシアの強い後ろ盾があれば、中国が反対する中でも北朝鮮は核実験を断行し、周辺国との緊張を高める恐れがあるのではないか。ロシアと北朝鮮の「包括的戦略パートナーシップ条約」締結には、そうしたリスクがある。
(参考資料)
「ロシア・北朝鮮「同盟」で始まる角逐 次の焦点は核実験-編集委員 峯岸博」、2024年6月21日、日本経済新聞電子版
「プーチン大統領、韓国がウクライナに武器供与なら「適切な判断下す」と報復示唆…北朝鮮に派兵は求めず」、2024年6月21日、読売新聞速報ニュース
「プーチン氏、北朝鮮への兵器供与「排除せず」 韓国にも警告「大きな間違いになる」」、2024年6月21日、産経新聞速報ニュース
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