&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

TV討論会は再び罵り合いの泥仕合に

6月27日(米国時間)に米国大統領選挙テレビ討論会が行われた。4年前に同じバイデン氏とトランプ氏の間で討論がされた際には、両者が発言を重ねる形での罵り合いとなったことから、今回は両者の発言時間を明確に分けて討論会が行われた。

それでも、両者がお互いを、「嘘つき」、「犯罪者」、「大統領に不適な人物」と罵り合う姿は変わらず、政策の議論よりも個人攻撃が先行するいわば泥仕合となった。

バイデン大統領は序盤で言葉に行き詰まる場面があり、また数字の言い間違え等もあったことが失点との見方もある。ただし、そうした失点は当初懸念されたほどではなく、全体的には健闘したようにも見える。

トランプ前大統領は、不法移民問題をバイデン政権の最大の弱点と捉え、すべての問題をそれに結び付けてバイデン大統領を批判する戦略をとった。バイデン政権の不十分な国境警備のため、不法移民の中にテロリスト、犯罪者が紛れ込み、それが米国民の暮らしを脅かしているとした。また、移民が米国民の雇用を奪っていること、社会保障給付を増加させ、制度を損ねていること、あるいは中絶問題にまで不法移民を結び付けて論じたのである。

トランプ前大統領は、司会者の質問には答えず別のテーマで話を続ける場面も目立った。こうした姿勢はやや失点につながったかもしれない。

経済政策ではインフレ、税制などが争点に

経済政策の面では、物価高対策、財政赤字、税制改革などが大きな論点となった。物価高の原因はお互いの経済政策の失敗にある、との非難の応酬が両者間でなされた。トランプ前大統領は、バイデン政権がインフレを引き起こしたとする一方、バイデン大統領は、トランプ政権のコロナ対策の失敗によって経済は崩壊したと批判した。そのうえで、自身の政権の下で80万人の雇用が生み出されたと経済政策の成果をアピールした。

バイデン大統領は、トランプ前大統領が行った富裕者減税が、所得格差を広げるとともに、財政悪化を引き起こしたとし、2025年に期限を迎える減税は失効させ、その分を高齢者や子供の支援に回すべきと主張した。

気候変動問題では、バイデン大統領は、トランプ前大統領がパリ協定から離脱したことを批判した。トランプ前大統領は、パリ協定は米国が過剰な負担を強いられる協定だと主張し、バイデン大統領からそれは事実に反すると指摘された。

議論が深まらないまま終了

外交問題では、トランプ前大統領は、バイデン政権の対アフガニスタン政策の失敗で米国が弱みを見せたことが、プーチン大統領のウクライナ侵攻を促すことになった、とバイデン大統領を批判した。さらに、ウクライナに巨額の軍事支援を行っていることを強く批判した。トランプ前大統領は、自身が再選されれば「ウクライナ戦争を止めてやる」と豪語した。

バイデン大統領は、ウクライナがロシアの支配下に置かれれば、次はハンガリーやポーランドが標的になると、ウクライナ支援を正当化した。そのうえで、トランプ前大統領が、ロシアの行動をけしかけるような発言を過去にしたこと、NATO離脱を口にしたことなどを批判した。また、トランプ前大統領は、北朝鮮の金正恩総書記やロシアのプーチン大統領にラブコールを送っていると述べた。

司会者は、トランプ前大統領には国会襲撃事件、訴訟問題、バイデン大統領には高齢問題と、それぞれ不利になるテーマで質問を投げかけたが、両者ともにそれらをかわし、議論は深まらなかった。

金融市場の反応は限定的

金融市場が強い関心を抱く、対中貿易政策、輸入関税策などについての議論は限られた。また、トランプ前大統領のドル安政策や米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策に大統領が介入できるようにする法改正などについては、全く議論されなかった。金融市場を大きく動かす材料は提供されなかったのである。

そして今回のTV討論会では両者に明確な優劣は付かなかったように思われ、それも金融市場の反応を限定的にさせただろう。討論会が行われる中、為替は幾分ドル高に振れたが、それも大きな変化とはならなかった。米国株先物価格もほぼ動かなかった。

討論会を主催したCNNの調査によると、討論会ウォッチャーの67%が、トランプ前大統領が勝利したと回答しているという。ただし、FRBの金融政策に介入することや減税継続で財政を一段と悪化させることを通じて通貨価値を損ねる可能性があるトランプ前大統領が有利となれば、為替市場はドル安円高に反応しやすいように思う。実際には為替が大きく動かなかったのは、TV討論会での勝者は明確にならなかったと市場は考えたのではないか。

討論会の開催中に1ドル161円:日本政府は為替介入のタイミングを見計らう

TV討論会が行われる中、緩やかではあるがドル高円安が進み、一時1ドル161円台前半と1986年12月以来の安値が更新された。足もとの円安進行は、4月末から5月初めにかけての日本政府による為替介入の効果が、時間の経過とともに次第に減衰したことで生じた面が大きいと思われる。

また、TV討論会が開かれる中、日本では神田財務官の退任の報道が流れたが、為替市場にはほとんど影響しなかった。

米国財務省は日本政府による為替介入をけん制しているが、円安が物価高懸念を高め、個人消費の逆風になっていることから、そうした国内事情を優先させて、政府が為替介入を実施する可能性は高いと見たい。節目の1ドル160円を超えて円安が進んだ以上、短期間で円安の動きが強まる局面を捉えて、政府は為替介入に踏み切るだろう。いずれは、1ドル165円を巡る当局と市場の攻防になることが予想される。当局はこの水準を何とか守ることができるのではないかと、現状では考えたい。

目先の円安の動きに歯止めをかけるのは為替介入、短期的に円安のピークを生み出すのはFRBの利下げ観測の高まり、中期的に円安修正を進める原動力となるのは、日本銀行の金融政策の正常化と物価上昇懸念の後退と整理できるだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。