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フランス国民議会選挙の第一回投票では極右政党が最大の得票率

フランスでは、6月30日に国民議会選挙(下院選挙)が実施された。調査会社5社の予測調査によると、マリーヌ・ルペン氏が率いる極右政党の「国民連合(RN)」の得票率が33.0%~34.2%、左派連合「新人民戦線(NFP)」が28.5%~29.6%、マクロン大統領率いる中道の与党連合が20.3%~22.4%となった。

国民議会選挙の第一回投票では、有効得票総数の過半数かつ登録有権者数の 25%以上の票を得た場合に、その候補者が当選する。条件を満たす候補者がいない場合は、第二回投票が行われる。今回は、7月7日に第二回の決戦投票が行われる。

エラベによると、577の選挙区のうち最大320が決選投票になる見通しだ。極右の国民連合(RN)が、絶対過半数を占めるかどうかが次の焦点となる。マクロン氏は今後も大統領にとどまるが、国民連合(RN)が国民議会で絶対過半数を占めれば、様々な法案を容易に可決することができ、極右政党が掲げる政策が実現する。

左派連合の新人民戦線(NFP)と中道の与党連合は、 極右政党 の絶対過半数を阻止するために、共闘する構えを見せている。国民連合(RN)の当選を防ぐために、候補者を一本化する可能性がある。

金融市場は、国民連合(RN)が絶対過半数を占めることを警戒しているが、第一回投票が概ね予想の範囲内であったことを受けて、7月1日の東京市場ではユーロが対ドルで買い戻されている。

フランスがEU離脱・ユーロ圏離脱を目指すことはない

欧州に広がる極右政党は、以前はユーロ離脱を主張していたが、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」を除けば、近年は欧州連合(EU)離脱の主張を後退させている。その一つのきっかけとなったのは、2016年のブレグジット(英国のEU離脱)での英国の混乱だ。国民連合(RN)も、政権奪取が視野に入る中、普通の政党に転換する戦略のなかで、自らの目標を「EU離脱」から「EUにとどまって内側から改革すること」へとシフトさせている。

従って、国民連合(RN)が政権を握っても、フランスがEU離脱・ユーロ圏離脱を目指すことはないだろう。

金融市場で懸念されているのは、国民連合(RN)が政権を握ると、既に大幅に悪化しているフランスの財政環境が一段と悪化することだ。フランスの昨年の財政赤字はGDP比5.5%と、EUが上限とする3%を大幅に上回っている。これはイタリアに次いでユーロ圏では2位の赤字幅であり、政府債務はGDP比111%と3位の高さだった。欧州委員会はフランスに対して、財政規律違反の是正を求めている。

フランス国債市場の動揺が続く

国債発行に支障が生じた際に、中央銀行が自らの判断で自国の国債を引きうけることができないユーロ加盟国は、国債のデフォルト(債務不履行)リスクが国債利回りに上乗せされやすい。実際、フランス国債のドイツ国債とのスプレッド(利回り差)は、2017年以来の高水準に達している。選挙結果次第では、フランス国債の利回りは一段と上昇し、経済に打撃となる。

欧州中央銀行(ECB)は利回りが過度に上昇した加盟国の国債を買い入れることが可能だ。しかしそれは、その国の財政が健全であるか、健全化に向かっている場合に限られる。国民連合(RN)が政権を握り、財政拡張路線を進める中でフランスの国債利回りが大幅に上昇しても、ECBはフランス国債を買い入れて利回りの上昇を抑えることはしない可能性がある。

金融市場の財政悪化懸念に配慮して、国民連合(RN)で財務担当責任者を務めるジャン=フィリップ・タンギー議員は、同党が政権を獲得した場合は、財政赤字の拡大に歯止めをかけ、EUの財政ルールを順守すると強調している。2027年までに財政赤字を3%まで削減する現在の計画を維持し、財政の会計検査も行うと述べている。

国民連合(RN)の財政政策に根強い懸念

しかしながら、金融市場での懸念は根強いものがある。国民連合(RN)は2022年の大統領選で、年間1,000億ユーロ(約17兆円)以上の追加予算が必要となる政策を打ち出していた。国民連合(RN)の党首で選挙結果次第では首相の就任も見込まれるジョルダン・バルデラ氏は、党の公約規模を縮小し、政権に就いた場合にはまずは財政監査を実施すると述べている。

しかし実際には、国民連合(RN)は電気、ガス、燃料料金の付加価値税の早急な引き下げと、年金の受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げたマクロン氏の政策の見直しを公約に掲げている。この2つの政策だけで、年間200億~300億ユーロが必要になるとアナリストは試算している。一方その財源については、官僚主義の是正、税の抜け穴への対処、移民の社会福祉制限で賄えるとしているが、その説明は具体性を欠いているとの受け止めもされている。

左派連合「新人民戦線(NFP)」の財政リスクにも警戒

他方、金融市場では、左派連合の新人民戦線(NFP)の財政リスクにも関心が集まっている。新人民戦線(NFP)は今年の公務員給与の10%引き上げ、定年退職年齢の64歳から60歳への引き下げといった政策を掲げており、歳出を段階的に増やして、2027年まで年間1,500億ユーロ(1604億4,000万ドル)を上乗せする意向を示している。その財源については、相続・富裕層・多国籍企業に対する増税で完全に賄うと説明している。

国民連合(RN)が決選投票で絶対過半数を獲得しないとしても、財政面でのリスクを意識した金融市場の不安定な動きは続きそうだ。

(参考資料)
"Why the Far Right Is No Longer an Existential Threat to Europe(極右政党、もはや欧州存亡の脅威にあらず)", Wall Street Journal, June 25, 2024
「左派躍進を市場は警戒、フランス下院選 極右より高い財政リスク」、2024年6月27日、ロイター通信ニュース
「仏下院選、有権者は極右の経済政策を支持 FT世論調査」、2024年6月25日、NIKKEI FT the World

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。