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14年ぶりの労働党政権発足

7月4日に投開票された英国の下院議会選挙で、労働党が過半数の議席を獲得することが確実となった。14年ぶりの政権交代となり、新たに労働党政権が発足する。スターマー党首が5日中に首相に就任する。予想通りの結果であり、金融市場は大きく反応していない。

出口調査を基にしたBBCの予測によると、労働党は改選前の206議席から410議席程度へと、2倍近くに議席を増やすことが予想されている。他方、現在政権を担う保守党は、改選前の345議席から過去最低となる131議席程度にまで議席を減らすと予想されている。1834年の結党以来の最少議席になる可能性がある。トラス前総裁や現職のシャップス国防相も落選した。労働党と保守党の議席差がここまで開くと、2大政党制の伝統が大きく崩れてしまった感がある。

自由民主党が改選前の4倍に相当する61議席程度を獲得して第3党となる見通しだ。改選前には僅か1議席だった右派ポピュリスト政党のリフォームUKは、13議席程度となる見通しだ。同党は、移民の流入制限や脱炭素目標の撤回など過激な政策を掲げている。

労働党は前回2019年の選挙では大敗していた。当時のコービン前党首に代わって2020年に党首となったスターマー氏は、急進左派路線を転換し、幅広い有権者を取り込める中道左派政党へと修正した。その結果、保守党に失望した有権者の受け皿となることができたのである。

労働党は公的医療や学校教育の充実を掲げている。またスナク政権が2035年に延期したガソリン車とディーゼル車の新車販売禁止の時期を2030年に戻すことを公約としている。

保守党政権に対する強い不満

今回の選挙は、2010年から続く保守党政権に審判を下す場となり、結果的には同党政権に対して今まで累積されてきた不満から、多くの票が他党に流れる結果となった。14年間の保守党政権下では5人の首相が交代し、その間、緊縮財政、欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)、物価高騰などが起きた。

保守党政権が主導した2020年のブレグジットは、輸入コストの増大や東欧からの出稼ぎ労働者の減少による人手不足によって、インフレを助長した。また、2022年に当時のトラス政権が財源の裏付けのない大規模減税を表明すると、住宅ローン金利が跳ね上がった。また、新型コロナウイルス問題の最中には、行動制限期間にジョンソン元首相がパーティに参加したことが、国民からの強い批判を浴びた。

今回の選挙ではブレグジットの是非が問われた

とりわけ、8年前のブレグジットの是非に対する保守党政権への評価が今回下された、との印象が強い。ブレグジットは2016年の国民投票によって決まったものであるが、保守党は、ブレグジットによってEUの規制から解放され経済が活性化される、他のEU諸国からの労働者の流入を抑えることで英国人の雇用が守られる、EUへの分担金を公的医療の充実に回せる、といったメリットを強調し、ブレグジットを主導した。他方、大半の労働党議員は国民投票で「残留」に投票した。

英ユーガブの1月の世論調査によると、EU再加盟に賛成する回答が51%にのぼり、反対の36%を上回っている。

ただし、新たに政権を担う労働党は、EUとの関係の修復をめざす一方、再加盟は目指さすに、貿易や安全保障で新たな協定締結をめざす。再び国民投票を行えば、国論を再び二分し、混乱を生じさせるためだ。

伝統的左派政党が、極右政党の大幅な台頭を防ぎ国際協調路線に軌道修正へ

今回の労働党の勝利を国際的な視点で捉えれば、フランスの議会選挙結果や米国の大統領選挙見通しにも表れている自国重視の潮流を抑え、国際協調路線へと舵を切ったという意義があるだろう。ブレグジットを支えた英国の自国主義は、EUとの協調を模索する姿勢へと転換される。

他方、EUとの距離を取る中で、保守党政権は、EU以外の国との関係を強化してきた。保守党政権はEU以外の国々との連携を模索する「グローバル・ブリテン」構想を掲げ、環太平洋経済連携協定(TPP)にも参加した。また、日本とはイタリアを含めた3か国での次期戦闘機の共同開発に取り組むことを決めた。

労働党政権がEUとの関係修復を重視すれば、日本との連携強化の優先度は、一定程度低下する可能性があるだろう。

さらに今回の労働党の勝利は、極右勢力の台頭を抑えたという意義が国際的な視点から感じられる。右派ポピュリスト政党のリフォームUKは議席を伸ばしたとは言え、フランス下院議会選挙のように極右政党が第1党の地位を獲得することはなかった。

英国では、伝統的な左派勢力が、国民の不満の受け皿となり、極右政党の大幅な台頭を防ぐことができたと言える。

(参考資料)
「英国14年ぶり労働党政権 総選挙、スターマー氏勝利宣言」、2024年7月5日、日本経済新聞電子版
「英国14年ぶり政権交代へ、総選挙で労働党圧勝 BBC予測」、2024年7月5日、日本経済新聞電子版
「英新政権、対EU修復へ 貿易・安保で協定 再加盟は否定」、2024年7月5日、日本経済新聞電子版
「英総選挙、労働党が圧勝 スターマー氏「変革始まる」」、2024年7月5日、NIKKEI FT the World

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。