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労働需給ひっ迫の緩和を裏付ける

7月5日に発表された6月米雇用統計は、労働市場のひっ迫感が全体として緩和方向にあることを示唆するものとなった。非農業部門雇用者増加数は前月比20.6万人と、事前予想の平均値19万人程度を僅かに上回った。しかし、4月、5月の雇用者増加数が合計で11万人程度も下方修正された。その結果、雇用者増加数の3か月移動平均値は17.7万人と、2021年1月以来の低水準となった。

他方、失業率は4.1%と事前予想及び前月実績の4.0%を上回った。さらに時間当たり賃金は前月比+0.3%となり、前年同月比では+3.9%と前月の+4.1%を下回った。労働需要の増加ペースが鈍る中、労働需給のひっ迫が緩和されつつある姿が示されたと言える。

この雇用統計以外でも、足もとでは労働市場の需給ひっ迫を示す指標の発表が増えている。米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げを始めた2022年3月に失業者1人当たりの求人数は2件という記録的な水準にあったが、今年4月には1.2件まで減少して、コロナ禍前の水準に戻った。失業保険申請者数も、6月に入ってからは上振れている。

また、ここ1~2か月は、個人消費やインフレの減速を示す指標の発表が相次ぎ、3日には、6月ISM非製造業指数が予想を大幅に下回るなど、米国経済の成長鈍化を示す指標が確認されている。

現状では、米国経済の失速を裏付ける明確な兆候は見られていない一方、インフレ圧力の後退がFRBの利下げを可能にするなど、米国経済の先行きについては楽観論が強まっている。

9月の利下げ確信で円安に歯止めがかかるか

6月米雇用統計を受けて、金融市場では9月の利下げ観測が一段と強まった。金利先物市場が織り込む9月までの利下げの確率は、70%台前半から、統計発表後には一時80%近くまで上昇した。

雇用統計発表後、ドル円レートは160円台前半から161円台前半まで短時間に大きく振れたが、最終的には160円台後半に落ち着いた。金融市場が9月のFRBの利下げを90%~100%などより高い確率で織り込めば、対ドルでの円安はピークをつけることが予想される。

ただし、日米金利差が依然として大きいこと、日本の中長期のインフレ期待が上振れ、実質金利の水準が大きく下振れていることから、円安を支える構造は直ぐには解消されない。そのため、円安はピークをつけても、本格的な円安修正には至らないのではないか。

今回の雇用統計では、失業率が完全失業率とみなされる4%を僅かながら超えた点が注目される。今後も失業率が上昇すれば、金融市場は米国経済の景気後退の可能性をより意識し始めるだろう。景気後退リスクを金融市場が明確に織り込む段階に至れば、FRBの先行きの利下げ観測も強まり、為替市場では本格的な円高トレンドへの転換が期待できるだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。