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米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は7月9日、議員上院の銀行委員会で証言を行った。

事前に公表されたテキストでは、労働市場はパンデミック前の状態に戻り、過熱していない(not overheated)と指摘した。また、インフレ率はFRBが目標とする2%を依然上回っているが、過去2年間のインフレ率の低下や労働市場の需給逼迫緩和という前向きの動きを踏まえると、高いインフレ率のみが我々が直面しているリスクではない(elevated inflation is not the only risk we face)とした。これは、インフレ率が目標値を上回っている状況であっても、景気の下方リスクを軽減するために利下げを行う姿勢を示唆しているだろう。

さらにパウエル議長は議員との質疑の中で、労働市場について「直近のデータは2年前に比べて(過熱感が)大幅に和らいだというかなり明確なシグナルを送っている」、労働需給は「今や完全に均衡した状態に戻ったようにみえる」と述べた。さらに、「次の行動が利上げになる可能性は低い」と語った。

パウエル議長の議会証言の内容は、FRBの政策が利下げ方向に明確に傾いており、近い将来に利下げに踏み切る可能性が高いことを示唆するものとなった。 他方でパウエル議長は議員らに対して、「今日この場で金利に関する今後の行動の時期についていかなるシグナルも送るつもりはない」と話した。

パウエル議長が、利下げ時期について明確なメッセージを出すのではないかと期待していた金融市場にとっては、今回の議会証言は若干失望する内容となった面がある。そのため、議会証言後には1ドル161円台半ばまで緩やかに円安が進んだ。

今回の議会証言でパウエル議長が利下げ時期に言及しなかったことで、7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でFRBが利下げを行う可能性は、一段と低下したと言える。他方、金融市場が織り込む9月のFOMCでの利下げの確率は、70%程度と証言前と大きく変わらなかった。

FRBが9月のFOMCで利下げに転じる可能性は比較的高いと見ておきたいが、実際の利下げ時期は、引き続き経済、物価指標に大きく左右される。7月のFOMCで利下げの明確なシグナルが出される、あるいは弱めの経済、物価指標の発表が相次ぐことになれば、金融市場は9月の利下げの可能性をより高い確率で織り込むことになるだろう。

その確率が90%あるいは100%といった水準にまで高まれば、それが、為替市場でドル高円安の動きが反転するきっかけになると見ておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。