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米国6月CPIの下振れで金融市場は9月の利下げをほぼ確信

米労働省が7月11日に発表した米6月CPIは、事前予想を下回り、物価上昇圧力が着実に低下していることを裏付けた。

6月CPIは前年同月比+3.0%と、前月の同+3.3%から3か月連続で低下した。前月比は-0.1%と、2022年7月以来のマイナスである。変動の激しい食料・エネルギーを除くコアCPIも、前月比+0.1%と事前予想の同+0.2%を下回った。コアCPIの前月比上昇率は、3月の同+0.4%から3か月連続で上昇幅を縮小させており、基調的な物価上昇率が着実に低下していることを示した。

財コア(除く食料・エネルギー)は前月比-0.1%とマイナスとなり、財価格は下落基調、いわばデフレ状態にあることを示した。物価上昇率の低下が遅れてきたサービスコア(除くエネルギー)も6月は前月比+0.1%と予想以上に下振れた。強い粘着性が指摘される家賃も、4か月連続での前月比+0.4%から、6月は同+0.2%へと縮小した。

予想外に下振れた6月CPIを受けて、金融市場では9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げに踏み切るとの見方が一段と強まった。市場が織り込む9月の0.25%幅の利下げ確率は、6月CPI発表前は70%程度であったが、発表後には85%程度まで上昇した。

今後は、年内の利下げ回数の金融市場の見通しが2回から3回へと増える可能性があり、それが一段の長期金利低下とドル高修正をもたらすことになるのではないか。

日本政府による「円押し上げ介入」の可能性高い

非常にサプライズであったのは、米6月CPI発表後に急速にドル安円高が進んだことだ。1ドル161円台後半から一時は157円台と、短時間で4円以上もドル安円高が進むという異常な事態となった。

米国6月CPIが予想比下振れ、FRBの利下げ観測が強まったことが、ドル安を生じさせたことは疑いないが、ドルの対円での下落幅は、他通貨と比べてかなり大きかった。このことは、短時間で4円以上もドル安円高が進んだことと合わせて、日本政府によるドル売り円買い介入の実施を強く疑わせるものだ。

財務省の神田真人財務官は日本時間の11日夜に、円買い介入を実施したかを聞かれて、「介入の有無についてはコメントする立場にない」と語った。しかし、他の政府関係者が為替介入の実施を認めたとの報道もあり、4月末、5月初めに続き、今年3回目のドル売り円買い介入が実施された可能性が高いだろう。

今までの為替介入と大きく異なるのは、円安が進んだ局面で円買い介入を実施するのではなく、円高が進んだ局面で「円押し上げ介入」を実施したと見られる点だ。

1ドル160円~165円で歴史的円安はピークをつけるか

円安圧力が強い中で当局がドル売り円買い介入を実施して、市場の流れに立ち向かっても、その影響が直ぐに市場に吸収されてしまうことがある。他方、何らかの材料をきっかけに一時的に円高に振れた局面を捉えて円の押し上げ介入を実施すると、非常に有効な介入となることがある。今回はそのケースではないか。

神田財務官は7月末に3年の任期を終えるが、その前に円安阻止で決着をつけておきたいという思いで、今回の為替介入に踏み切った可能性も考えられるだろう。

9月にはFRBの利下げが実施され、日銀の利上げと合わせて日米金利差が双方向から縮小へと向かう。これは円安の流れを転換させることが予想される。今回の為替介入は、そこまでの時間稼ぎとして効果を発揮するのではないか。

再び1ドル160円を超えて円安が進む可能性はあるが、1ドル165円まで円安が進む可能性は低下したのではないか。2022年以来の歴史的な円安進行も、1ドル160円~165円をピークにようやく反転すると見ておきたい。今回の米国の6月CPIとその後に実施されたとみられる為替介入は、為替市場での大きな転換点となった可能性があるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。