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閣僚、自民党幹部から日銀の政策に注文

日本、米国共に、国内政治情勢が金融政策に与える影響が注目されている。一般に中央銀行の政策決定は政治的な要素の影響を受けるが、近い将来に予想される日本銀行の追加利上げの時期、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げの時期が、それぞれの政治的な要因によって大きく左右されることはないだろう。

7月17日には河野デジタル大臣がブルームバーグのインタビューの中で、円の価値を高め、エネルギーや食料品のコストを引き下げるために政策金利を引き上げるよう日本銀行に求めた、と報じられた。これに対して、鈴木財務大臣は河野大臣に慎重な発言を行うように諭し、河野大臣はその後に「いま日銀に利上げを直接求めているわけではない」と弁明した。

自民党の茂木幹事長は7月22日の講演会で、日本銀行に対して、「段階的な利上げの検討も含めて金融政策を正常化する方針をもっと明確に打ち出す必要がある」と語った。自民党の幹部が、公の場で独立した日本銀行の政策に直接注文をつけるのは異例のことだ。

ちなみに、日本銀行は3月の決定会合でマイナス金利政策を解除し、またイールドカーブ・コントロール(YCC)を修正するなど、大きな政策変更を行った。さらに、金融政策の主たる手段は短期金利の操作になるとも整理した。この時点で、日本銀行は金融政策を正常化する方針を、既に明確に打ち出していると言えるのではないか。

茂木幹事長が言う「方針」が、今後の正常化のプロセスやスケジュールのことを指すのであるならば、それを現時点で明確に打ち出せというのは、無理難題だ。今後の内外経済、金融市場、特に為替市場の動きを踏まえて、日本銀行は臨機応変に正常化の具体策を決めていくことが求められる。

7月30・31日の次回金融政策決定会合が近づく中、閣僚や自民党役員から相次いで日本銀行の利上げに言及する発言が出されたことで、政府、自民党は次回金融政策決定会合で日本銀行に追加利上げを求める、との観測が金融市場に浮上している。

しかしこうした金融市場の解釈は正しくないだろう。9月の自民党総裁選挙に出馬する可能性がある両氏の金融政策に関するこうした発言は、日本銀行への圧力というよりも、総裁選挙に出馬する際の政策案を意識したものではなかったか。

政権は日本銀行に円安けん制と景気への配慮の双方を期待か

岸田政権が日本銀行に期待することは、もっと複雑だろう。個人消費の逆風となる物価高を助長する円安を日本銀行の政策を通じて止めて欲しい、というところが、本音としてはあるのではないか。

しかし一方で、個人消費が予想外の弱さを見せる中、日本銀行が追加利上げを急ぐことで、それが景気の逆風になり、あるいは国民から批判されることも政権は心配しているだろう。

円安けん制効果を持つ金融政策の正常化は進めて欲しいが、追加利上げには慎重であって欲しい、という政権のやや矛盾した要望を汲み取って、日本銀行は国債買い入れの減額実施をやや前倒しし、7月30・31日の金融政策決定会合でその具体策を発表する可能性も考えられるところだ。そうであれば、追加利上げの実施は同時には行わず、9月に先送りするのではないか。足もとで円安に一服感がみられることも、日本銀行が7月に追加利上げを急いで実施する可能性を低下させているのではないか。

他方、9月の金融政策決定会合では、その直後に行われるとみられる自民党総裁選が追加利上げの障害となる可能性は高くないと思われる。従って、追加利上げの時期は9月をメインシナリオと考えておきたいが、仮に日本銀行がそうした政治日程に配慮する場合には、追加利上げの時期が9月から10月に先送りされる可能性も残されているだろう。

大統領選挙の不確実性強まるがFRBは9月に利下げか

米国では、トランプ氏の襲撃事件を受けて、大統領選挙で同氏が優位との見方が強まった後、バイデン大統領が選挙戦からの離脱を決め、ハリス副大統領が公認候補となる可能性が高まっている。このように、大統領選挙に向けた政治情勢が足元で目まぐるしく動き、金融市場での不確実性が強まる中、経済、金融市場の安定の観点から、FRBが11月5日の大統領選挙前の利下げを見送るとの見方も生じている。しかし実際には、FRBが足元の政治情勢に配慮して利下げの時期を決める可能性は低いだろう。

また、トランプ氏は、大統領選挙前にFRBが利下げをすることは、バイデン大統領を支援することになるためすべきではない、とFRBをけん制している。他方で自身が大統領に返り咲いた場合には、経済を刺激しドル高を修正する観点からFRBに利下げを求める、と身勝手な発言をしている。

FRBは既に情報発信を通じて、9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げの可能性を、金融市場に相当分織り込ませている。政治情勢の変化や政治的圧力によって、このスケジュールを見直す可能性は低いだろう。

今後公表される経済指標が、労働需給ひっ迫の緩和とインフレ率の低下傾向を概ね裏付けるものであれば、9月に利下げを実施する可能性は高い。そのスケジュールに狂いが生じることがあるとすれば、それは予想外の経済指標の発表のみである。

現状では、9月に日本銀行が追加利上げを実施し、FRBが利下げを実施する可能性が高いと考える。日米の金融政策が逆方向で交叉する、いわば「ゴールデンクロス」であり、それは円安の修正を促すだろう。政治的な要因が、そうした見通しに大きな修正を迫る可能性は低いだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。