ハリス氏の支持率上昇はまだ追い風参考値か
ハリス副大統領は予想外のスピードで民主党内での支持を固め、また、いくつかの世論調査では、共和党の大統領候補であるトランプ氏を上回っている。
ロイター通信が7月15~16日に実施した世論調査では、ハリス氏とトランプ氏の支持率は44%で同じだったが、バイデン大統領の選挙戦撤退を受けてハリス氏が立候補を表明した直後の22~23日に実施した調査では、ハリス氏の支持率が44%で、トランプ氏の支持率の42%を僅かに上回った(注)。トランプ氏優位とされていた大統領選挙戦は振出しに戻った感がある。
ただしハリス氏の支持率が高まったのは、同氏の支持が強まったというよりも、多くの人が高齢のバイデン大統領に不安を抱いてきたことの表れではないか。その点から、ハリス氏の支持率がトランプ氏の支持率を上回ったとしても、現時点ではなお追い風参考値でしかないのではないか。
今後は、ハリス氏が自身の持つ強みを最大限生かして、大統領候補者としての資質をアピールできるかが注目される。
ハリス氏の強みは女性、黒人、検事の経歴
78歳のトランプ氏に対抗する上で、ハリス氏の最大の強みは59歳という若さだ。民主党大統領候補が81歳のバイデン氏からハリス氏に移った瞬間、トランプ氏の年齢は大きな弱点となった。
また女性であること、黒人・アジア系(非白人)であることも、ハリス氏の大きな強みである。選挙戦のなかで、トランプ氏から女性蔑視、非白人蔑視などの発言を引き出せば、ハリス氏に有利に働くだろう。バイデン政権の下で民主党が失った若年層、黒人の支持を再び取り戻すこともできるかもしれない。
さらに、サンフランシスコ市郡地方検事、カリフォルニア州司法長官という経歴もハリス氏の強みとなりえる。ハリス氏は演説の中で、トランプ氏が不倫口止め料を巡る会計不正処理事件で「34の罪で有罪になった」ことを強調し、有罪評決を受けたトランプ氏を「犯罪者」と断じた。犯罪者と検事という対立の構図を作り出す戦略だろう。トランプ氏がアメリカの大統領経験者として初めて刑事裁判で有罪とされたことは、明らかに同氏の弱点の一つだ。
過去の言動からハリス大統領の政策を占う:中低所得者支援の姿勢がより強い
他方、ハリス氏の弱点は、自らの政策についての考えを明確に打ち出せていないことだろう。ハリス氏が大統領になった場合には、現在のバイデン政権の路線を多く引き継ぐことになるだろうが、異なる部分も出てくるはずだ。ハリス氏の過去の言動から、ハリス大統領誕生時の政策姿勢を占ってみよう。
2025年に期限を迎える所得減税について、バイデン大統領は所得が40万ドル(約6,200万円)を下回る世帯の減税は延長する考えであるが、ハリス氏もこれを支持している。
税制面で、ハリス氏が上院議員、また2020年大統領選の立候補者として取り組んだ代表的なものが、「LIFT(リフト)」と呼ばれる法案だ。これは、最低限の所得を保障する「ユニバーサル・ベーシックインカム」に似た仕組みである。ハリス氏の案は、個人に3,000ドル、夫婦に6,000ドルの税額控除を提供するもので、コストは10年間で約3兆ドルに及ぶと推定された。
民主党は2021年、児童税額控除と子どものいない労働者に対する勤労所得税額控除を拡大した。この措置は2021年末で失効したものの、バイデン政権は復活させる方針を示している。税額控除を通じた所得支援という考え方は、バイデン氏とハリス氏が共有している。しかし、「LIFT(リフト)」の考えを踏まえると、税制を通じた低所得者への所得支援の考え方は、ハリス氏の方がより強そうだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、ハリス氏は選挙スタッフに向けた22日の演説のなかで、有給家族休暇制度や低コストの児童保育推進を経済分野での優先事項に挙げたという。
またハリス氏は、バイデン政権初期に、新型コロナウイルス問題への対応として導入された給与保護プログラム(PPP)を通じて、返済免除が可能となる融資を中小企業が受けられるよう努力したという。同氏は特にマイノリティ(少数派)のコミュニティへの支援を重視していたとされる。
さらにハリス氏は、2020年大統領選の予備選で、不平等や賃金格差の是正に向けたさまざまな提案を行った。その一つは男女間の賃金格差縮小を目指したものであり、格差があれば100人以上の従業員を抱える企業は罰金の対象になる可能性があった。
貿易、エネルギー政策でもバイデン氏よりもやや左寄り
ハリス氏は上院議員になる前後の時期に、2つの主要な貿易協定についてバイデン氏とは異なる立場を取っていた。オバマ政権は2015年に環太平洋経済連携協定(TPP)に合意したが、ハリス氏は2016年に上院議員当選を目指す中で、労働者や環境への影響を懸念しているとして、TPPに反対する考えを表明していた。
またハリス氏は上院議員時代に、トランプ氏が推進した「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」に反対票を投じた。USMCAは北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる新協定だ。ハリス氏は、環境保護に関する条項が不十分だとして反対した。他方、2020年の大統領選に出馬したバイデン氏は、このUSMCAを支持する姿勢を表明していた。
ハリス氏は上院議員に、また2020年大統領選候補者選びの立候補者として、米国が化石燃料への依存から脱却することなどを目指す「グリーン・ニューディール」政策を支持した。ハリス氏はまた、シェールガスや石油開発に用いる「フラッキング(水圧破砕法)」の全面的な禁止を支持した。バイデン氏は連邦管轄地のみで禁止する考えを示している。
産業政策面では、黒人の起業家精神を高めることにも焦点を当てた。STEM(科学・技術・工学・数学)教育や、歴史的黒人大学(HBCU)などマイノリティを支援する機関を対象とした投資に、600億ドルを充てることを目指したこともある。
ラストベルトに訴えることができるか
このように、過去の言動から推察すると、ハリス氏が大統領になった場合には、税制、経済政策、貿易政策、エネルギー政策は、トランプ政権よりもやや左寄り(リベラル)に振れる可能性が考えられる。特に税制面で減税色の強い政策は、短期的には経済にプラスになる一方、財政悪化から金融市場を不安定化させる面があるのではないか。
また、ハリス氏の政策が、全体的に左寄り(リベラル)であることは、民主党左派からの支持を得やすいが、大統領選勝利の鍵を握る無党派層の支持は得にくい、という弱点にもなるのではないか。
トランプ氏は、2016年の大統領選挙に勝利した戦略である、厳しい移民対策とラストベルト(錆びた地帯)対策の2つを前面に打ち出し、再び当選を勝ち取ることを狙っている。2016年の大統領選挙では、中国からの不当に安い輸入品が米国に流入し、それが米国の製造業と雇用を損ねているとし、対中強硬策でラストベルトの住民にアピールした。
しかし、バイデン政権も対中強硬策を維持したことから、今回の大統領選挙では、バイデン政権の失策による物価高騰が、労働者の生活に大きな打撃を与えたと主張し、ラストベルトの白人労働者層にアピールする戦略をとっている。
勝利の鍵を握るラストベルトの「青い壁」3州
ラストベルトに対応するミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンの3州は「青い壁(青は民主党のイメージカラー)」と呼ばれる。伝統的には民主党が支配する地域であったが、2016年の大統領選挙では、トランプ氏によって切り崩された。この3州で選挙人の46人を獲得すれば、ハリス氏は当選に必要な選挙人270人(選挙人全体の538人の過半数)の獲得に近づくことができる。
そこで、ハリス氏が勝利するための条件の一つが、新たな物価高対策で白人労働者層にアピールすることだろう。
ハリス氏は上院議員時代に家賃高騰への対策に取り組んだ経験がある。その柱となったのは「家賃軽減法(Rent Relief Act)」と呼ばれる法案であり、賃貸物件の入居者で収入が10万ドル以下、収入全体の少なくとも30%を家賃・光熱費に充てる人々に税額控除を提供することを狙いとした。
こうした家賃対策などを掲げることで、ハリス氏がラストベルトの白人労働者層の支持を取り戻すことができるかどうかが、大統領選挙での勝敗を大きく左右するのではないか。
(参考資料)
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Exclusive: Harris leads Trump 44% to 42% in US presidential race, Reuters/Ipsos poll finds
", Reuters, July 25, 2024
"What Would a Harris Presidency Mean for the Economy? (「ハリス大統領」で米経済どう変わるか)", Wall Street Journal, July 25, 2024
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