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基調的な物価上昇率は再び低下傾向に

総務省は7月26日に、7月分東京都区部消費者物価(中旬速報値)を発表した。コアCPI(除く生鮮食品)の前年同月比は、電気料金引き上げの影響から3か月連続で上昇したが、上昇率は予想をやや下回った。

7月のコアCPIは前年同月比+2.2%と前月の同+2.1%を上回った。7月は電気・ガス料金の補助金削減が物価を押し上げた。電気・ガス料金はCPIの前年比を6月と比べて0.34%ポイント押し上げた。

しかし、コアCPIの前年比上昇率は6月と比べて0.1%ポイントしか高まらなかったのは、生鮮食品を除く食料品、宿泊料、通信費(携帯電話)が、CPIの前年比上昇率をそれぞれ0.1%ポイント程度押し下げたことなどによる。

昨年には一時2桁近い前年比上昇率を示していた生鮮食品を除く食料品価格も、7月には同+2.6%まで低下し、CPIの上昇率を主導する役割を既に終えている。

基調的な物価動向を示す「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」の前年比上昇率は6月には一時的に上振れたが、7月には再び低下傾向に復し、+1.1%となった。日本銀行の2%の物価目標からどんどん遠ざかっている状況だ(図表1)。

図表1 基調的な消費者物価上昇率の推移(全国消費者物価)

9月あるいは10月に実質賃金上昇率がプラスに転じる可能性

電気料金などの値上げは、7月で一巡した。このため、コアCPIの前年比上昇率は8月には低下し、さらに政府が電気・ガス料金の補助金制度を3か月間復活させることから、9月のコアCPIの前年比上昇率は大きく下振れることが予想される。

その結果、9月あるいは10月に、2年以上にわたって前年比で下落を続けてきた実質賃金は、ようやくプラスに転じることが見込まれる。

日本銀行が注目するサービス価格も下振れ

日本銀行は、特にサービス価格の動きに注目している。賃金上昇分がサービス価格に転嫁され、賃金上昇を伴う物価上昇につながること(第2の力)が、2%の物価目標達成の条件、と考えているためだ。

しかし、実際にはサービス価格の上昇率は高まっていない。7月のサービス価格は前年同月比+0.5%と前月の+0.9%を大きく下回り、前月の上振れが一時的だったことを示した。全国消費者物価でみたサービス価格の上昇率は、前年比で1%に向かって低下している状況だ。

また、日本銀行が前日に発表した6月企業サービス価格は、前月比横ばいとなり、3・4月の上振れが一時的だったことを改めて裏付けた。

2%の物価目標達成は見えてこない

全国消費者物価にみるコアCPIは、7月に前年比+2.7%でピークを打ち、10月、11月には1%台に低下することが見込まれる。電気・ガス料金の補助金が終了することで、12月には再び2%台に戻るが、その後は緩やかな低下傾向を辿り、2026年には1%を下回る水準まで低下すると予想する(図表2)。

基調的な物価動向を示す「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」の前年比上昇率も明確な低下傾向を辿っていることから、日本銀行が期待する賃金と物価の好循環、2%の物価目標達成は依然として難しいと考える。

ただし、物価安定の状態が2%をかなり下回るとしても、現在の0%近傍の政策金利は低すぎることから、2%の物価目標達成如何に関わらず、日本銀行は、しばらく追加利上げを進めることになるだろう。しかし、物価上昇率のトレンドがどの水準で安定するのかは、政策金利の到達点の水準に大きな影響を与える。

東京都区部の7月消費者物価統計で、サービス価格や基調的な物価上昇率が予想以上に下振れたことなども踏まえると、7月30・31日の金融政策決定会合では、追加利上げは見送られ、9月に先送りされると現時点では見ておきたい。ただし、追加利上げに賛成する政策委員が出ることで、採決で票が割れる可能性は考えられよう。

図表2 コアCPI(全国消費者物価)の予測値

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。