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民主党の米大統領候補の指名を確実にしているハリス副大統領は、バイデン大統領の政策を継承しつつも、大統領選挙での勝利に向けて独自色を打ち出すことに腐心し始めている。民主党内で中道的なバイデン大統領と比べて、ハリス氏はより左派(リベラル)色が強い。中絶問題を中心に人権問題への対応ではそうした傾向が特に明確にみられる。ハリス氏が経験不足で未知数とされる外交問題でも、バイデン大統領と比べてより人権重視の姿勢が強く打ち出され、それがハリス氏の外交政策を特徴づける可能性も考えられるのではないか。

そうした兆候が垣間見られたのが、ハリス氏が7月25日に行ったイスラエルのネタニヤフ首相との会談だった。バイデン大統領はガザ問題で、イスラエル批判を極力避ける姿勢を一貫してとってきた。そうした姿勢は、歴代民主党政権の中で「最も親イスラエル的」とも評されている。

しかし、戦闘開始以降のガザ側の死者が3万9,000人を超える(ガザ保健当局による)中で、人道問題に敏感な黒人などマイノリティ(少数派)や若者層は、そうしたバイデン大統領の姿勢に批判を強めている。

夫がユダヤ系であるハリス氏も、イスラエル寄りのバイデン氏に歩調を合わせてきたが、今や大統領候補の指名を確実にするなか、大統領選挙の勝利の鍵の一つとなるマイノリティや若者層の支持を挽回するために、イスラエルのネタニヤフ首相に対してより強い姿勢で臨んだのである。

ハリス氏はネタニヤフ首相に対して、ガザ問題で「深刻な懸念を明確にした」と伝えた。「この9か月は破滅的だ。苦しみに無感覚になるのは許されない」と述べている。

バイデン大統領は5月末に、3段階からなるガザの新たな停戦案を公表した。ハリス氏は、「戦争を終わらせる時が来ている」と主張し、新提案に基づいて「今こそ合意を成立させる時だ」とネタニヤフ首相に迫った。

米ニュースサイト、アクシオスは、ハリス氏の強い態度を受けて「ネタニヤフ氏は動揺した」とするイスラエル政府高官の話を伝えている。ハリス氏は、外交デビューとなったネタニヤフ首相との会談で、指導者としての強さを打ち出すことに一定程度成功したようだ。

バイデン大統領と比べてより人権問題で強硬というハリス氏の左派色が、大統領になった場合には、外交での独自色につながる可能性が考えられる。人権、人道の観点からは、ウクライナ支援にはさらに前向きとなり、また人権の観点からも台湾支援の姿勢を強める可能性も考えられる。また、人権問題を抱える対中姿勢が、バイデン政権と比べてより強硬になる可能性も考えられる。

大統領選挙戦に向けて、ウクライナ支援、NATOとの関係、台湾問題ではハリス氏とトランプ氏の姿勢の違いがより際立つ一方、貿易問題を含めた対中政策一般では、両者の違いが弱まることも考えられるのではないか。

(参考資料)
「ハリス氏、対イスラエルで「タフさ」前面 バイデン氏の慎重姿勢を修正」、2024年7月26日、産経新聞速報ニュース
「ハリス氏、ネタニヤフ氏に停戦要求 選挙戦へ間合い探る」、2024年7月26日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。