&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

イランによるイスラエルへの報復攻撃は数日内か

日米など主要国で株価の大幅下落が生じる中、金融市場は地政学リスクにも注意する必要が出てきた。それは、中東地域の緊迫化が一段と強まる可能性だ。

イスラム組織ハマスの最高幹部であるハニヤ政治局長が7月31日に、イランの首都テヘランの宿泊先で殺害された。イランの革命防衛隊は、攻撃は「アメリカ政府の支援を受けてシオニストが実行した」とし、「適切な時、場所、方法で厳しい罰を受けるだろう」とイスラエルへの報復を公言している。

米紙ニューヨーク・タイムズは7月31日に、複数のイラン政府関係者の話として、ハメネイ師がイスラエルへの直接攻撃を命じたと報じている。イランによるイスラエルへの報復攻撃は、数日中に行われるとの見方もある。

これを受けて米国防総省は8月2日に、緊張が高まる中東情勢に対応するために、戦闘機部隊やミサイル防衛能力を持つ巡洋艦や駆逐艦を追加派遣すると発表した。帰還が予定されているセオドア・ルーズベルト空母打撃群に代わり、エイブラハム・リンカーン空母打撃群も中東に派遣される。イランによるイスラエルの攻撃を抑止する狙いがある。

4月には、イランが在シリアの大使館への空爆の報復措置としてイスラエルをドローンとミサイルで攻撃した。ただしこの際は、イランから事前に米国に連絡があったために、米軍が多くのミサイルを迎撃できた。イランも事態を著しく悪化させない一方、国内の対イスラエル強硬派にも配慮した結果、抑制された攻撃となった。ただし、今回も抑制された攻撃にとどまるという保証はない。

悪の枢軸「3H」とネタニヤフ首相の政治的延命の意図

レバノンのシーア派武装勢力ヒズボラも8月1日に、イスラエルへの報復を宣言している。イスラエル軍は7月30日に、ヒズボラのフアド・シュクル司令官を殺害した。パレスチナ自治区ガザでの衝突に端を発した戦闘が、広範囲に広がるリスクが高まっている。

イスラエルのネタニヤフ首相はイランの支援を受けるパレスチナ自治区ガザの「ハマス」、レバノンのイスラム教シーア派勢力「ヒズボラ」、イエメンの反体制武装勢力「フーシ」を「3H」、「悪の枢軸」と表現し、対抗姿勢を鮮明にしている。

ガザ停戦協議は、イスラエルが関与したとみられるイスラム組織ハマスのハニヤ最高指導者の死亡で白紙に戻った感がある。これについては、ネタニヤフ氏が政治的延命を狙ったものとの指摘もある。イスラエル国内では7割を超す有権者が、少なくともガザの戦闘終結後にネタニヤフ氏が退陣すべきだと考えている。野党もネタニヤフ氏の退陣を求めている。ガザ停戦合意は、ネタニヤフ氏の退陣につながる可能性がある。

バイデン・ハリスはイスラエルへの姿勢を強化

バイデン大統領が5月末に示したガザ停戦案を受けた停戦合意は、ハニヤ氏の死亡で事実上振り出しに戻った感がある。米ニュースサイト「アクシオス」によると、バイデン氏はネタニヤフ首相との1日の電話会談で、中東情勢の沈静化とガザの停戦交渉合意に向けた行動を直ちに取るよう非公式に要求した。さらにバイデン氏はイスラエルによるヒズボラ最高幹部殺害などに強い不満を示し、再び緊張激化を招く事態を起こした場合には、米国はイスラエルを支援しないと述べたという。

従来、イスラエル寄り過ぎると国内で批判されてきたバイデン氏が、イスラエルに対して強い姿勢で臨んだのは、中東情勢の一段の悪化を回避するとともに、バイデン政権がイスラエル寄りとの米国内での批判をかわす狙いもあるだろう。ハリス副大統領も、訪米したネタニヤフ首相に、ガザでの軍事行動と「悲惨な人道状況」に対し「深刻な懸念」を表明し、「もうこの戦争は終わりにしなくてはならない」と迫った。

一方で共和党大統領候補のトランプ氏は、イスラエル寄りのキリスト教福音派やイスラエル系米国人の支持を意識して、イスラエル支持の姿勢をより鮮明にしており、大統領選挙でのイスラエルに対する姿勢の違いが一層広がっており、イスラエルに対する姿勢が、大統領選挙の争点の一つになっている。

中東での地政学リスクの高まりが世界の金融市場をさらに不安定化するリスク

米国では、景気減速懸念から、株価は不安定な動きとなっている。仮に、中東での紛争地域が拡大し、また、イランとイスラエルの軍事的対立が本格化すれば、原油供給に支障が出るとの観測から原油価格が大きく上昇する可能性がある。それが米国及び世界経済の悪化懸念を増幅し、世界的な株価の調整を促すなど、足もとで不安定化する世界の金融市場の一層の動揺につながる可能性も出てきた。

(参考資料)
「米、中東に戦闘機・軍艦 イスラエルの防衛強化 追加派遣」、2024年8月4日、朝日新聞
「ハニヤ氏殺害 イランの革命防衛隊「施設外から短距離弾で殺害された」」、2024年8月4日、日本テレビニュース
「イスラエル防衛 艦艇派遣 米長官 イランの報復抑止図る」、2024年8月4日、京都新聞
「ヒズボラ、イスラエルに報復を宣言 司令官の殺害受け」、2024年8月3日、日本経済新聞電子版
「ネタニヤフ氏、再び強硬策 ハマス幹部殺害 米政治の空白にらむ」、2024年8月3日、日本経済新聞
「米国の「空白」見透かすネタニヤフ氏 延命へ再び強硬策」、2024年8月2日、日本経済新聞電子版
「イラン、報復にジレンマ 首都でハマス指導者殺害 イスラエルと正面衝突の余裕なし」、2024年8月2日、日本経済新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。