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「ダブルヘイター」がハリス氏支持に

米民主党は5日、ハリス副大統領を同党大統領候補に正式に指名した。ハリス氏は8月19~22日に中西部イリノイ州シカゴで開く党全国大会で、指名受諾演説を行う。

またハリス氏は、副大統領候補を8月6日までに決める見通しだ。報道によると候補は6人にまで絞られたという。東部ペンシルベニア州のジョシュ・シャピロ知事、西部アリゾナ州選出のマーク・ケリー上院議員らの名前が挙がっている。

バイデン大統領は選挙戦離脱時に、ハリス氏を事実上の後継者に指名した。ハリス氏以外に候補者に名乗りを上げるものが出てこなかったことで、民主党は党内の混乱を露呈させずに一体感を打ち出すことができた。これは、選挙では民主党に有利に働くだろう。

各種世論調査では、ハリス氏の支持率は共和党大統領候補と拮抗している。ハリス氏は党内からの支持を短時間のうちに固めただけではなく、国民からの支持も集めている。ただし、ハリス氏への支持は、バイデン氏の不人気の裏返し、あるいはバイデン氏、トランプ氏の双方とも嫌う「ダブルヘイター」の支持を集めている、というやや消極的な支持の側面がなお強いのではないか。ハリス氏が政策面などで支持を集めることができるかが、今後の注目点となる。

トランプ氏はハリス氏を激しく攻撃

トランプ氏は早速ハリス氏への攻撃を強めている。ハリス氏は中絶、移民など人権問題などで左派色(リベラル色)が強い。トランプ氏はハリス氏を「米国史上、最もリベラルな政治家だ」と呼び、急進左派だとする。

また、トランプ氏は、7月31日の「全米黒人記者協会」のイベントで、黒人でジャマイカ系の父とインド系の母を持つハリス氏が、自らを「ずっとインド系だと言っていたのに何年か前に突然、黒人になった。インド系か黒人か分からない」と発言した。イベント後には、SNSへの投稿では「狂ったカマラは人種さえも(選挙に)利用する」と主張した。ハリス氏がアイデンティティを偽っていると印象付けてハリス氏に黒人票を奪われることを妨げる狙いがある。

しかし、こうしたハリス氏への攻撃は、今のところはむしろハリス氏に有利に働いているように見える。また共和党副大統領候補のバンス氏が過去に、「子供のいない猫好きの女性」としてハリス氏を「子供がおらずネコに囲まれて暮らすみじめな女性」のようだと揶揄(やゆ)した発言も注目されており、これも女性蔑視としてトランプ陣営側の批判につながっている。トランプが常套手段とする政敵への、政策以外での個人攻撃も、いまのところ上手くいっていないようだ。

中絶問題でハリス氏は支持を集める

ハリス氏のリベラルな姿勢が、最終的に国民にどのように評価されるかが、大統領選挙の結果に大きな影響を与えるだろう。中絶問題で女性の権利を守るというハリス氏の姿勢は、総じて好意的な評価を得ている。

2022年の最高裁判決で憲法上の中絶の権利が覆って以降、ハリス氏は積極的なキャンペーンを展開してきており、中絶手術を行う医師や中絶経験のある女性ともホワイトハウスで面会している。

ハリス氏は、2022年の中間選挙では、中絶の権利を巡る争いが共和党の敗因になったと考え、人工妊娠中絶の権利を大統領選に向けた活動の中心に位置づけているのである。

他方で共和党は、この問題で歯切れの悪い発言に終始しており、守勢に立たされている。トランプ氏が、中絶に関して保守的な主張をしてきたバンス氏を副大統領候補に選んだことも、裏目に出ている面がある。バンス氏は母体の生命に関わる場合のみを例外として、中絶を全面禁止することに支持を表明している。

ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の最新世論調査によると、中絶問題への対応能力が勝っているのはハリス氏だと考える有権者は51%となり、トランプ氏を選んだ有権者の33%を大きく上回っている。

トランプ氏は移民問題でハリス氏を攻撃

一方、移民や経済などの問題ではハリス氏の評価は後れを取っている。移民受け入れに対するハリス氏のリベラルな姿勢は、トランプ氏の格好の攻撃材料になっている。トランプ氏は、ハリス氏が不法入国者に寛大であるとして、「彼女が大統領になれば、国が破壊される」と危機感をあおっている。

このように、ハリス氏のリベラルな姿勢は、選挙に向けて「強み」にも「弱み」にもなっている。さらに、勝敗の鍵を握るラストベルト(錆びた地域)、その中でも特に重要な「青い壁」3州(ペンシルバニア州、ミシガン州、ウィスコンシン州)では、より経済問題の重要性が高いと考えられる。トランプ氏は、ラストベルトの白人労働者層の生活に大きな打撃を与えているインフレ問題は、バイデン政権の失策によるものであり、自身はエネルギー政策を転換し、エネルギー産出量を拡大させることで、エネルギー価格、そして物価上昇率全体を押し下げると主張している。この主張は根拠が薄いと考えられるが、インフレ問題はハリス氏にとって逆風となっていることは確かだろう。

ハリス氏が具体的な経済政策などを通じて、ラストベルトの白人労働者層のインフレ懸念を緩和することができれば、大統領選挙での勝利に一歩近づくことができるだろう。

(参考資料)
"Harris Puts Abortion, a Weakness for Trump, at Center of Campaign(ハリス氏、「中絶の権利」を選挙戦の柱に)", Wall Street Journal, July 31, 2024
「トランプ氏「ハリス氏、突然黒人に」」、2024年8月2日、産経新聞
「米大統領選 「ハリスvsトランプ」確定 民主主義巡り激突」、2024年8月4日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。