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米民主党の党大会と政策綱領

米民主党は19日(日本時間20日)に、中西部イリノイ州シカゴで党大会を開催した。22日までの4日間の日程だ。初日の19日にはバイデン大統領が、副大統領のハリス氏への支持を訴えるとともに、半世紀にわたって所属してきた民主党へ別れの演説を行った。さらにバイデン氏は、ハリス氏と副大統領候補のウォルズ氏を、米国の民主主義を守る最大の希望、と称賛した。

また元米国務長官のヒラリー・クリントン氏は、共和党大統領候補のトランプ氏を批判するとともに、米国の女性の権利向上や地位向上に道を切り拓いてきたハリス氏を称賛し、女性の社会進出を阻んできた「ガラスの天井」を打ち破ることができるところまでたどり着いた、とした。20日にはウォルズ氏、21日にはハリス氏がそれぞれ演説を行う。

民主党は党大会に合わせて、選挙公約となる党の政策綱領を発表した。党綱領は約90ページあり、現時点でのバイデン政権の政策方針を踏襲するものだ。

ただし、大統領選挙を意識して、前文では「ドナルド・トランプは(我々とは)全く違うビジョンを持つ。機会やオプティミズム(楽観主義)ではなく、復讐と報復に基づくものだ。彼と、彼の過激なMAGA(Make America Great Again:米国を再び偉大に)派は岩盤的な個人の自由を奪い、女性の医療判断に口を出し、本を禁止し、誰を愛すべきかを指示する」などと、トランプ氏を名指しで強く批判している。

民主党は、バイデン大統領が大統領選挙戦から離脱を表明する前の7月13日に、党の政策綱領の素案を既にまとめていた。そのため、ハリス氏の独自色がこれに加えられることはなかった。ただし、ハリス氏の独自の経済政策については、8月16日の演説で公表されている(コラム「ハリス氏が経済政策を発表:物価の安定と中間層支援をターゲットに」、2024年8月19日)。今後もハリス氏は、独自の政策を公表していくとみられるが、既に示した経済政策ほどの独自色を打ち出す可能性は高くないだろう。

ハリス氏の経済政策と増税策

ハリス氏の独自の経済政策は、物価安定と中間層支援を中心に据えたものだ。企業の不当な値上げを、罰則を持って取り締まるという政策は、元検事のハリス氏が悪者を懲らしめるというイメージをアピールしているように見受けられる。不当な値上げで不当に利益を上げる企業を叩くという政策姿勢は、市場メカニズムを歪め、企業活動の委縮につながる面もある。また、それらの政策を実施するには法改正が必要であり、それは民主党が両院で相応の過半数を占めなければ難しいのではないか。

このように、ハリス氏の独自の経済政策は課題を抱えており、またその実現可能性も不確実なものだ。しかし、物価高騰はバイデン政権の失策によるものとの国民の認識を変え、選挙戦を有利にするための選挙戦略としては有効である可能性が考えられる。

政策綱領には法人税率の28%への引き上げが明示された。これは、バイデン政権が今まで主張してきたものだ。米国の連邦法人税率は、トランプ前政権によって35%から21%に引き下げられた。バイデン政権はこれを28%にまで戻すことを掲げてきたが実現しておらず、ハリス氏がその方針を引き継ぐ。

他方、トランプ氏は、21%の法人税率を国際的に合意された最低水準である15%まで引き下げるとし、それが難しい場合でも20%まで引き下げるとしている。

他方、2025年に期限を迎える所得減税については、トランプ氏は継続を主張する一方、バイデン政権は、40万ドル以上の富裕層世帯については減税措置を失効させ、それ以下の世帯については継続する考えを打ち出している。

民主党政策綱領の概要

以下では、民主党政策綱領の概要を示す。

【経済・財政政策】

  • 米国内へ工場を呼び戻すことで中間層の底上げを図る
  • 鉄道、橋、公共交通機関などのインフラを再建。高速インターネット整備
  • 児童税額控除を復活させ、最低時給を引き上げる
  • 富裕層・大企業の税制上の抜け穴をなくす
  • 所得40万ドル以下の世帯を対象に、減税を延長する
  • 食品、家賃、医療ケア、処方薬の価格を抑制する

 

【気候変動・エネルギー政策】

  • クリーンエネルギーへの投資を続け、エネルギーの自給を確保
  • 電力網の近代化、住居の省エネ化を支援してエネルギー価格を引き下げる
  • 温室効果ガスの排出を削減し、環境を保全する規制を守る
  • 化石燃料への補助金を廃止する
  • 気候変動研究への投資を続ける

 

【対中政策】

  • 中国による不正な経済慣行に立ち向かい、競争に打ち勝つ
  • 中国との経済的な関係を断つ「デカップリング」ではなく、リスクを軽減する「デリスキング」を図る
  • 「一つの中国」原則を維持しつつ、台湾海峡の平和と安定を維持する
  • 気候変動対策、AIのリスク管理などの分野で中国との協力も模索

 

【その他外交政策】

  • ウクライナと協力し、ロシアの脅威を抑制。ウクライナの復興を支援
  • 北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)との関係を強化し、ロシアがイランと北朝鮮と持ち始めた軍事的・経済的同盟関係を阻害
  • イスラエルとイスラム組織ハマスの即時かつ永続的な停戦を目指す
  • 日本など同盟国と協力し、自由で開かれたインド太平洋地域を維持

 

【銃規制・犯罪・移民制度】

  • 銃購入時のチェックを厳重化するなど、銃規制を強化
  • 国境警備を強化し、亡命制度の改革を進める。合法移民の受け入れを拡大

 

【人権】

  • 人工妊娠中絶の権利を復活させる
  • 宗教の自由を重んじ、政教分離を守る

 


図表 米民主・共和の政策綱領比較

 (参考資料)
「ハリス氏、法人税28%に増税へ――同盟国結束、中ロと対峙 バイデン政権路線を踏襲(米大統領選2024)」、2024年8月21日、日本経済新聞
「ハリス氏、法人税28%に増税へ 民主政策綱領に明記、先進国で最高水準 中間層の支援手厚く(米大統領選2024)」、2024年8月21日、日本経済新聞
「24年米民主党の政策綱領要旨」、2024年8月20日、日本経済新聞電子版
「トランプ氏との違い強調=民主党綱領、「ハリス色」出ず―米」、2024年8月20日、時事通信ニュース

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。