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「政策を調整する時が来た」

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、ワイオミング州ジャクソンホールで開かれているカンザスシティ連銀主催の年次シンポジウムで23日に講演を行った。

議長は講演で、「政策を調整する時が来た。方向は明確であり、利下げのタイミングとペースは今後入手するデータ、変動する見通し、そしてリスクバランスに左右される(The time has come for policy to adjust. The direction of travel is clear, and the timing and pace of rate cuts will depend on incoming data, the evolving outlook, and the balance of risks)」と発言し、9月17~18日の次回米連邦公開市場委員会(FOMC)で2020年3月以来4年半ぶりとなる利下げに踏み切ることをほぼ明言した。

金融市場では、パウエル議長がジャクソンホールの講演で利下げを強く示唆することは事前に予想されていた。ただし、パウエル議長の発言は、予想以上にハト派だったことで、先行きの利下げ観測がより強まったのである。

雇用悪化の阻止に政策の軸足が移る

7月31日のFOMCの声明文では、2年間使ってきた、インフレのリスクにより注意を払うとした表現(highly attentive to inflation risks)を雇用とインフレの双方のリスクに注意を払うとの表現(attentive to the risks to both sides of its dual mandate)に改めた。つまり、リスクバランスはそれ以前のインフレ側に偏った状態からインフレと雇用の間でバランスした状態になった、と判断が修正されたのである。

さらに今回の講演では、より雇用の悪化に配慮した政策を行うという姿勢にさらに変化したことが示唆された。8月2日に公表された7月分米雇用統計が予想外に弱かったことが、その背景にあるだろう。

議長は、「インフレ率が(目標である)2%への持続的な道筋をたどっているという確信を深めた」とする一方、「労働市場環境の一段の冷え込みは望みも歓迎もしない」と述べ、労働市場の減速は「明白だ」と付け加えた。さらに議長は、「われわれの目標は強い労働市場を維持しつつ、物価の安定を回復させることだ。インフレ期待の抑制がそこまで十分ではなかった過去のディスインフレ環境を特徴付けた失業率の急上昇を回避する必要がある」と指摘した。

年内0.5%幅の利下げ実施の可能性

パウエル議長は、2021年に明確になった物価高騰を当初は一時的と断じ、利上げに転じることが遅れてしまった、という苦い経験がある。今回は雇用悪化への対応が遅れて、政策対応が後手に回るという同じ失敗を繰り返さない、という意識が強いのではないか。現状ではそこまで雇用の悪化、景気の悪化を示す証拠はないが、それらが確認できれば、早めに対応するという考えが強いのだろう。

また、雇用・景気の悪化に先手を打つため、通常の0.25%ではなく0.5%幅での大幅利下げも実施する考えが、今回の講演で示唆されたと考えることも可能ではないか。

講演後に金融市場では年内1.0%の利下げが8割程度の高い確率で織り込まれた。9月から毎回の会合で0.25%ずつ利下げが行われても年内の利下げ幅は0.75%であるが、市場は0.5%幅の利下げが相応の確率で年内に行われると予想しているのである。

9月17~18日の次回FOMCでは0.25%の利下げが実施されると見ておきたいが、仮に9月6日に発表される8月分雇用統計が再び下振れれば、0.5%の利下げが実施される可能性が高まるだろう。金融市場の8月分雇用統計への注目は非常に高い。

米国景気悪化懸念で日本の急速な円高・株安の連鎖再燃の可能性も

パウエル議長の予想以上にハト派色が強い講演を受けて、金融市場で先行きの利下げ観測が一段と強まったことから、為替市場ではドル安円高が進んだ。1ドル146円程度から1ドル144円程度まで2円程度も一気にドル安円高に振れた。この先FRBの利下げが進む中、年内に1ドル130円台まで円高が進む可能性が出てきたと考える。

23日の米国株式市場は、FRBの利下げ期待に支えられて株高となったが、今後、雇用統計などで景気の悪化リスクが再び意識されれば、8月上旬に見られたように米国株価も下落傾向が強まる可能性がある。その場合、日本市場でも急速な円高・株安の連鎖が再び強まるだろう。米国の経済指標が、日本の金融市場を大きく左右する状況がしばらく続く。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。