トランプ大幅追加関税は米国・世界経済に甚大な悪影響
共和党の大統領候補であるトランプ氏は、再選されれば海外からの輸入品に対して大幅な追加関税を課す考えを示している。当初、中国からの輸入品には60%の追加関税を課すとしていたが、中国がイランとの貿易を続ければ100%以上の関税を課すとした。
さらに、すべての国からの輸入品には一律に10%の追加関税を課すユニバーサル・ベースライン関税を掲げていたが、最近になって20%へと追加関税の水準を引き上げた。今後、トランプ氏の追加関税の引き上げの考えはさらにエスカレートしていく可能性もあるだろう。
調査会社ウルフ・リサーチによると、現在の米国の平均実行関税率(輸入額に占める関税額の割合)は、中国を除く国からの輸入品で1%前後、中国からの輸入品では11%である。トランプ氏が掲げる追加関税が実現すれば、中国からの輸入品の平均関税率は現在の5倍以上から10倍以上、その他の国からの輸入品の平均関税率は約100倍から約200倍へと一気に高まる可能性がある。それが、米国の経済と物価に与える影響は極めて深刻だ。
TDセキュリティーズは、すべての国からの輸入品には一律に10%の追加関税を課すと、米国のインフレ率は0.6~0.9%ポイント上がると予想している。20%であればその倍だろう。さらにトランプ氏が移民を制限する計画であり、それは賃金・物価を押し上げ、成長率を押し下げることが見込まれる。これも加味すると、米国の成長率が1~2ポイント低下するとTDセキュリティーズは予想している。
また英銀大手のスタンダードチャータードは、トランプ氏の追加関税が実施されれば、米国の物価が2年間で1.8%押し上げられると予想する。いずれにせよ、米国のインフレ率の低下基調は損なわれ、米国が景気後退に陥る可能性が高まるだろう。
強い大統領権限に基づくトランプリスク
ところでトランプ氏は、2025年末に失効する所得減税措置を延長すること、法人税率を現状の21%から15%まで引き下げることを公約としている。これらの政策は、少なくとも短期的には米国の景気を刺激するが、それらは議会の承認が必要になる。それらは、共和党が議会選挙で両院を制しないと実現が難しいだろう。また、両院を制しても、わずかに過半数を上回る程度であれば一部の共和党議員の反対によって法案の可決は阻まれるかもしれない。
いずれにせよ、経済にプラスの影響を与える減税策の実現可能性はかなり不確実である。それに対して、経済に深刻な打撃を与える追加関税は、議会の承認なしで大きな大統領権限のもと、トランプ氏の裁量だけで実現できてしまう。これをもって、深刻なトランプリスクと言えるだろう。
各種通商法に基づく追加関税の発動
トランプ第一期には、米国通商法に基づき海外からの輸入品に追加関税を課した、あるいは課すことを検討した例として、不公正貿易に対する制裁を認める通商法301条、セーフガード(輸入急増による国内産業への重大な損害の防止のために、輸入品に対して高い関税率を設定する緊急措置)を認める通商法421条、国家安全保障を損なう恐れがあるとして関税を認める通商拡大法232条がある。いずれも、大統領が牛耳る米国通商代表部(USTR)の調査を経て、大統領が追加関税を実施できる。
ただし、すべての国からの輸入品には一律に10%の追加関税を課すユニバーサル・ベースライン関税については、これら通商法のいずれ一つの条文に照らして実施することは難しい可能性もある。その場合、すべての国からの輸入品への一律の追加関税を正当化するには、新たな法律を作ることが必要となる。それは、議会の承認という高いハードルに阻まれるだろう。
しかし、それぞれの国に適合した異なる通商法の条文を適用し、最終的にすべての国からの輸入品に一律の10%あるいは20%の追加関税を課すことも検討されるのではないか。そうなれば、米国大統領の判断だけで大幅な追加関税が導入され、世界中の国が米国に輸出することに障害が生じることになる。それに対して、他国が米国に報復措置を講じれば、米中間の貿易戦争はそれ以外の国にも波及し、世界経済に深刻な打撃となってしまう可能性がある。
強力な大統領権限を再び獲得したトランプ氏が実施する追加関税は、世界経済にとって計り知れないほどの大きなリスクである。
(参考資料)
"Specter of Trump Tariffs Hangs Over Markets(トランプ関税に身構える市場、米経済への影響は)", Wall Street Journal, August 19, 2024
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