&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

政府が地域のオーバーツーリズム対策に補助

訪日外国人旅行者が大幅に増加する中で、観光客が集中する一部地域では過度の混雑やマナー違反による地域住民への影響、旅行者の満足度低下といったオーバーツーリズムの問題が深刻になっている。全国に35か所ある国立公園では、環境保護の観点から、建物の新築や増改築が規制されている。政府は、これを緩和することで、国立公園での観光開発を進め、訪日外国人旅行者を都市部から地方部に誘導することを目指している。

また、オーバーツーリズムへの対策を通じて、持続可能な観光地域づくりを実現するには、地域がそれぞれの実情に応じた具体策を講じることが重要であり、政府はそれを補助金で支援している。

補助事業として認められたものには、山梨県大月町の「大月市における富士山観光に係るオーバーツーリズムの未然防止・分散・抑制による持続可能な観光推進事業」、京都府の「日本茶のふるさと「お茶の京都」を巡る特別な旅~京都オーバーツーリズム対策」、大阪市の「大阪市内に宿泊する訪日客を対象とした大型手荷物対策事業」、広島県尾道市の「しまなみ海道エリアにおけるオーバーツーリズム対策事業」、山口県下関市の「交通・観光情報の有効的発信による来訪者の分散・周遊促進及びスローモビリティを活用した交通対策実証事業」などがある。

富士山のオーバーツーリズム問題

地域のオーバーツーリズム対策で注目を集めたのが、世界文化遺産にも登録されている富士山で2024年7月から始まった入山規制だ。山梨県は5合目の登山口にゲートを設けて、1日の登山者数の上限を4000人、1人2000円の通行料を徴収するほか、午後4時から翌日午前3時までの間、登山道を閉鎖する規制を始めた。今回の規制が導入された理由は、過度な混雑がもたらすオーバーツーリズムの解消に加えて、環境保全、弾丸登山の防止がある。

同じ富士山関連では、山梨県富士河口湖町の「ローソン河口湖駅前店」に訪日外国人観光客が集中し、写真を撮ることに夢中になって道路に飛び出したり、ゴミをポイ捨てするなどの問題行動が相次ぎ、地元住民から苦情が続出した。2022年秋頃に、海外のインフルエンサーがこのローソンの店舗越しに見える富士山を撮影して、SNSに投稿し拡散したことで、同店が写真撮影の人気スポットになり、2023年1月に、タイの人気俳優も訪れて富士山とローソンを背景にした「自撮り」写真をSNSに投稿したことが、ブームに拍車をかけたとされる。

注意喚起の看板を設置したりして対策を講じたが効果は薄かったことから、2024年5月にローソン河口湖駅前店の前の道路を挟んだ反対側の歩道に長さ20メートル、高さ2.5メートルの黒幕を張るという対応がとられた。この措置によって観光客の数は減り、オーバーツーリズムは緩和された(注)。ただし、地域が自ら観光スポットを潰すという対応を取らざるを得なかったことに課題も残った。

京都のオーバーツーリズム問題

水際対策緩和後に外国人宿泊客が大幅に増えた京都では、宿泊によって滞在日数が増えても、訪日外国人観光客が特定の観光スポットに集中する傾向は変わらない。これが、地域住民の生活に悪影響を及ぼすオーバーツーリズムの問題が深刻になっている。例えば、訪日外国人観光客の増加で、一部地域で市民が市バスに乗れなかったり、ごみの不法投棄が相次いだりする問題が発生している。京都市は場所、季節、時間という三つの「分散化」を掲げ、観光先の分散化を働きかけているが、特定地域への集中を防ぐことはできていない。

オーバーツーリズムの問題によって重要な観光資源の価値が下がるようなことが生じないように、各地域の新たな観光資源を積極的に訪日外国人観光客に発信し、訪問先の分散を図ることが求められる。さらに、SNSの分析やAIを活用して将来の来訪者数を予想することで、混雑緩和策などを事前に講じること、入館料などに、価格をAIの予想を用いて需要に合わせて随時変動させる、ダイナミックプライシングを導入して、価格で需要を平準化させるなどの取り組みも検討されるべきだろう。

(注)黒幕は台風対策で8月15日に取り外された。その情報が拡散し、外国人観光客が戻ってきている模様

(参考資料)
「「富士山に幕」 訪日客3割減 河口湖のコンビニ周辺 本社などデータ分析」、2024年7月23日、東京読売新聞
「インサイド オーバーツーリズム 解消遠く 2023年 京の観光消費1.5兆円 滞在日数増も集中変わらず 京都府全域へ 分散化模索」、2024年7月24日、京都新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。