&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

氷見野副総裁は追加利上げの方針を示す

日本銀行の氷見野副総裁が8月28日に、山梨県で講演を行った。7月31日の金融政策決定会合で日本銀行は追加利上げを実施し、さらなる利上げの方針を明示した。その後円高株安が急速に進み、8月5日には日経平均株価が過去最大幅での下落となった。それを受け、8月7日の講演で内田副総裁は、金融市場が混乱している時には利上げはしないと明言し、直前の植田総裁との発言の違いに注目が集まった。そうした中、金融市場では日本銀行の金融政策方針についての不確実性が強まってしまったのである。

8月23日に行われた国会閉会中審査で植田総裁は、追加利上げの方針に変わりはないことを改めて明言し、金融市場での金融政策方針を巡る不確実性の問題は、一応の決着を見た。そうした流れの中で、今回の氷見野副総裁講演が行われたのである。

氷見野副総裁は「わたしどもの経済・物価の見通しが実現する確度が高まっていく、ということであれば、金融緩和の度合いを調整していく」とし、先行き利上げを続けるという植田総裁の説明をなぞった。

さらに講演後の記者会見でも、「現状がかなり緩和的な金融環境にあるのは事実」と発言し、なお利上げの余地があるとの考えを示唆した。

金融市場への配慮も示す

他方、「金融資本市場は引き続き不安定な状況にあり、当面はその動向を極めて高い緊張感をもって注視していく必要があります」として、足もとの金融市場の動揺への配慮も見せた。

さらに講演後の記者会見では、「内外市場動向が目標実現確度に影響を与えることももちろんある」とした。これは、「円安が日本銀行の物価見通しの中央値に影響を与える可能性がある」とした、国会閉会中審査での植田総裁の発言と、円高株安を受けて先行きの利上げパスが修正される可能性を匂わせた内田副総裁の発言の双方に配慮し、両者の見解が違うという観測を鎮静化させる狙いもあったように見える。

氷見野副総裁の講演は、総じて植田総裁の説明に沿ったものであり、先行きの金融政策に関する金融市場の見方に修正を迫るものではなかった。

非伝統的金融政策に否定的な見解か

それでも、金融政策に関わる氷見野副総裁の発言には、注目すべき点があった。それは、非伝統的金融政策についてのネガティブな見解だ。マイナス金利政策、イールドカーブ・コントロール、国債の大量買入れ、ETFの買い入れといった非伝統的な金融政策については、「金融機関の行動や金融市場の機能に歪みを与えるといった副作用も伴いました。海外では、政策転換のタイミングの遅れにつながった、という議論もありますし、出口に際して市場に混乱を生じた事例もみられました」と批判的に捉えている。

そのうえで「伝統的な手段で目的を達せられる場合には、あえて非伝統的な手段を動員するにはあたらない」との諸外国を含めた定説を紹介している。

これは、なお途上にある「非伝統的な政策の手じまい」を積極的に進めるべきとの考えを示唆しているように見える。具体的には、国債保有残高の削減を迅速に進めていくことや、ETFの処理に早期に手を付けることを指すのではないか。

植田総裁は、超過準備をゼロにすることは考えていないとし、通常以上に日本銀行が国債を保有し、超過準備を維持するバランスシート政策をやめない考えを示しているが、この点、氷見野副総裁は、異なる意見を持っている可能性もあるのではないか。氷見野副総裁が、植田総裁、内田副総裁よりもタカ派の志向を持っているのかもしれない。

政策金利の到着点までに2つのステージか

また氷見野副総裁は、政策金利の到着点となる中立金利についても議論を展開した。中立水準の推定は難しく、特定の数字をピンポイントで示すことは難しいとした。これは、植田総裁の説明と同じである。

そのうえで、中立水準に達するタイミング、手順、スピードなどで企業、家計、金融機関の行動は違ってくるとしている。これは、政策金利の到達点(ターミナルレート)は、経済、金融市場の動向を注視しつつ決めていくというプラグマティックなアプローチを示唆しているだろう。特定の水準に中立水準という正解がある、という考えを否定しているのである。

氷見野副総裁は、現時点での政策金利の水準はかなり低いことから、物価情勢が日本銀行の見通しに沿った動きを続ける限り、比較的淡々と政策金利を引き上げていくという考えを持っているだろう。

しかし、政策金利が一定まで引き上げられた後には、実際の各経済主体の行動、経済・金融動向を慎重に見極めて、政策金利の到達点(ターミナルレート)を手探りで見極める、という非常に難しい局面に入っていくと考えているのではないか。

実際、来年にかけての日本銀行の金融政策は、そうした2段階で進むものと見ておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。