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アベノミクスの総括を行うことが必要

9月27日に開票が行われる自民党総裁選では、政治資金問題を受けて、国民の関心が高い政治改革、党改革をさらに進めるかどうかが大きな争点となっている。他方で、それ以外の政策についての論争は、現状ではなお盛り上がりを欠いているようにも見受けられる。それは、政治資金問題の中心となった安倍派幹部が処分の対象となり、総裁選に出馬しないことから、候補者間の政策の違いが大きくないためでもあるだろう。

経済政策面で、本来総裁選の大きな争点とすべきであり、さらに新総裁・新首相のもとでもしっかりと議論を深めるべきなのは、アベノミクスの総括ではないか。新たな経済政策を進める前には、長らく大きな影響力を持ってきた安倍元首相の経済政策の枠組みであるアベノミクスの総括をしっかりと行うことが必要だろう。

安倍政権を引き継いだ菅政権、岸田政権ともに、アベノミクスの明確な評価は避けてきた。岸田政権はアベノミクスの批判を避ける代わりに、小泉政権の規制改革などを「新自由主義」と呼び、格差拡大を助長したと批判した。これは、党内で最大派閥であった安倍派に配慮したためでもあったのではないか。

金融緩和効果に対する過度な期待が構造改革のモメンタムを削いだ

アベノミクスとは、第2次安倍晋三内閣が打ち出した経済政策であり、デフレからの脱却を目的として大胆な金融政策(第1の矢)、機動的に財政政策(第2の矢)、民間の投資を喚起させる成長戦略の実施(第3の矢)からなる。

これは金融政策、財政政策、構造改革(成長戦略)を組み合わせた政策パッケージと理解できる。このうち、持続的に成長力を高め、国民生活を豊かにする経済構造の変化を促すのは構造改革(成長戦略)であり、それこそが中核であるべきだった。他方、金融緩和、財政出動については、一時的に需要を高める、将来の需要を前借りする効果があるものの、持続的に成長力を高め、国民生活を豊かにする効果は期待できない。

それらは、規制改革などの構造改革が過渡的に生じさせる経済への痛みを一時的に和らげる、副次的な役割を担うと位置づけられるだろう。あるいは、構造改革を進める過程で、突発的に生じた世界経済・金融危機といった外的ショックから国民の生活を守るために、機動的、一時的に発動するような位置づけではないか。

アベノミクスの問題は、このような一時的な役割を担うべき金融緩和、財政出動が、経常的な政策として長く実施されてしまったことにあるだろう。そして、金融緩和の効果に対する過度な期待が、構造改革に向けたモメンタムを削いでしまった面もあるのではないか。構造改革(成長戦略)が「主」で、金融政策、財政政策が「従」という本来の関係が逆転してしまったのである。

過度な金融緩和、財政出動がもたらした副作用

いたずらに長期化した超金融緩和は、銀行の収益悪化、市場機能の低下、日本銀行自らの財務の悪化リスクなどの副作用を生み、さらに、政府が低金利環境に甘んじて安易に国債発行に頼った財政出動を経常的に行うような財政規律の低下という深刻な問題を引き起こしたと考えられる。

他方、国債発行に頼った財政支出拡大、政府債務の増加は、将来への負担の転嫁に他ならず、その分将来の民間需要拡大、成長への期待を削ぐことで、企業の設備投資、雇用、賃金の抑制をもたらし、それは経済の潜在力を低下させてしまったのではないか。

アベノミクスのうち民間の投資を喚起させる成長戦略の実施、つまり第3の矢は正しい方向の政策であることから、アベノミクスのすべてを否定する必要はないだろうが、過度な金融緩和、財政出動がもたらした問題については、しっかりと総括する必要があるのではないか。

新たな経済政策をしっかりと前に進めるためにアベノミクスの功罪の評価を

総裁選に名乗りを上げている、あるいは出馬が予想される候補者の中で、「アベノミクスの総括をすべき」と明確に主張しているのは、現状では石破氏だけだ。8月7日に発行した著書「保守政治家 わが政策、わが天命」(講談社)の中で石破氏は、「『アベノミクス』」とは一体何だったのか、その功罪についてきちんと評価すべき時期が来たのではないでしょうか」と述べている。

また石破氏は、問題は、禁じ手でもあった異次元の金融緩和を「延々と10年続けてしまったこと」であり、その結果、「国家財政と日銀財務が悪化」したとしている。金融緩和については、「アベノミクスの3本の矢であった成長戦略につながる構造改革を大々的に実施して、生産性の向上を図ることこそが、日本経済の病に対する治療法だったのではないでしょうか」としている。

さらに、「日銀財務の悪化、財政規律の麻痺、銀行の体力低下などマクロ的な危機にどう対処するか」、「経済財政諮問会議から一歩進んだ組織を常設して、いわゆる経済安全保障に加えてマクロ経済運営について危機に備えた体制を作っておくべきだと思います」と、新たな組織の創設も提言している。

アベノミクスについての評価は、総裁候補者の間、そして自民党内でも様々であろうが、日本経済の再生に向け新政権下で経済政策をしっかりと前に進めるためには、まずは総裁選の場で、アベノミクスの功罪の評価を積極的に議論すべきだ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。