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保守色が強い政策方針が並ぶ

高市経済安全保障担当大臣は9月9日、自民党総裁選に立候補することを正式に表明した。記者会見では約1時間にわたって政策方針の詳細について一方的に話し続けるという異例の対応をとり、政策通であることをアピールした。

高市氏は、政策方針の柱として6点を挙げた。1)大胆な危機管理と成長投資、2)全世代の安心感をもたらす社会保障制度、3)防衛力・外交力・情報力強化、4)令和の省庁再編、5)次世代への責任(日本国憲法改正と皇室典範改正)、6)信頼のできる自民党。

このうち、高市氏が最も重点を置いて話したのが、1)大胆な危機管理と成長投資だ。これは、経済安全保障政策に関わる部分であり、この分野にかかわる戦略的な財政出動を通じて成長力を高めるとした。

ここには、食料安全保障の強化、エネルギー・資源安全保障の確保、令和国土強靭化、サイバーセキュリティ強化、危機管理投資などが含まれる。経済安全保障強化のために、政府の投資を拡大させる考えだ。

第2に重点を置いたのは、3)防衛力・外交力・情報力強化であり、これは安全保障政策に関わる部分だ。核の脅威が高まる中、憲法改正を通じて国防力の強化を図る考えが示された。また、安倍元首相が進めた「開かれたインド太平洋」確保のため、この地域に米国を関与させ続けるとした。

この2つの分野は、高市氏が最も得意とする専門分野であり、その考えは非常に保守色が強いものだ。ちなみに、靖国参拝についても前向きな説明をしている。

一方で、党改革、政治改革については第6の柱とし、優先順位は高くないとの印象を与えた。また、その説明も簡略的であった。政治資金の使途の公平性や公正性を担保することの重要性を主張する一方、裏金疑惑のある自民党議員に追加の対応を求め、また追加の処分をすることは考えていないとした。

財政拡張色が強く財政健全化には後ろ向き

高市氏は、戦略的な財政出動を通じて成長力を高めるとしている。成長力が高まれば税収も増えるため、税率をあげなくても税収を増やす強い経済が生まれる、と説明した。財政出動を通じて成長率を高めれば、税収が上がるため財政再建が進む、との議論は今まで何度も繰り返されてきたが、それが実現したためしはない。これは、財政拡張論者の典型的な説明と言えるだろう。

ちなみに、同じ保守派とされ、既に総裁選挙に立候補を表明している小林氏も、「財政よりも経済」として、財政健全化に慎重な姿勢を見せている。

高市氏は、日本政府の純負債は大きくないこと、2025年度基礎的財政収支(プライマリーバランス:PB)の黒字化目標は既に達成が見えている、として、財政健全化のための政策を実施することには否定的な見解を示した。また、消費税率の変更は現時点では行わないが、国難のような状態にまで経済が悪化すれば、消費税率引き下げもあり得るとの姿勢を見せた。

総裁選で立候補を表明している候補者の中で、石破氏と河野氏は財政健全化を進める考えを明確に示しているが、高市氏の立場はその対極にある。

日銀の利上げには否定的か

金融政策についての記者からの質問に答え、食料・エネルギーといった外的要因で変動の大きい部分を除いたCPIの上昇率は、2%に達していないとし、安定的に物価目標達成できているとは言えない、と高市氏は述べている。これは、「2%の物価目標達成が視野に入った」として、現在日本銀行が進めている金融政策の正常化、利上げに否定的な印象を与えるものだ。高市氏は、金融緩和策(第1の矢)、機動的な財政政策(第2の矢)を支持するアベノミックスの最も忠実な継承者と言えるだろう。

仮に高市氏が総裁・首相に選出されれば、日本銀行の追加利上げに一定程度制約が生じる可能性も考えられるところだ。また、景気情勢が悪化すれば、2%の物価目標がなお安定的に達成されていないことを理由に、追加利下げを求める可能性も出てくるのではないか。これは、円安要因となろう。

他方で、高市氏の財政拡張色の強い政策姿勢は長期金利を上昇させることから、利上げに慎重な姿勢と合わせ、イールドカーブをスティープ化させる方向に働くだろう。

自民党総裁選の候補者の中で、高市氏が選出される場合が、最も金融市場に影響が及ぶことになるのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。