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「高齢社会対策大綱」で「在職老齢年金制度」の見直しが示唆

政府は9月13日に、高齢化対策の中長期指針である「高齢社会対策大綱」の改定を閣議決定した。改定は2018年以来6年ぶりとなる。

大綱では、「高齢社会対策」を、「増加する高齢者を支えるための取組だけではなく、今後、高齢者の割合がこれまで以上に大きくなっていく社会を前提として、全ての世代の人々にとって持続可能な社会を築いていくための取組」と定義している。その取組の一つが、社会保障制度の持続性を高めることだ。公的年金制度については、「働き方に中立的な年金制度の構築を目指して、更なる被用者保険の適用拡大等に向けた検討を着実に進める」と明記された。これは、「在職老齢年金制度」の見直しを示唆しているものだろう。

この制度は、高齢者に「働き損」の状況を生じさせ、働く意欲を削いでいる点が大きな問題だ。人手不足の緩和や年金財政の改善の観点からも、高齢者層の労働を促す必要がある。

企業などで働く高齢者の厚生年金を減額する在職老齢年金制度の見直しについては、来年に実施される年金改革の議論の中で、現在、厚生労働省で検討中であるため大綱への明記は見送られたのである。ただし、「高齢社会対策大綱」で示唆されたこともあり、来年の年金改革では、在職老齢年金の見直しが実施される可能性は高まっていると考えられる。

在職老齢年金とは何か?

在職老齢年金とは、賃金と厚生年金受給の合計額が月50万円程度を超えると、支給額の一部あるいは全部がカットされる仕組みだ。2022年度末の在職老齢年金の対象者は65歳以上で50万人いるが、これは働く年金受給権者の16%にあたる。

厚生年金の受給開始年齢は徐々に上がってきており、男性では2025年度、女性では2030年度に65歳となる。これに伴って、在職老齢年金制度の対象者もやがて65歳以上になる。

対象となるのは厚生年金の報酬比例部分のみであり、基礎年金は対象とならない。また、後に退職などにより賃金が減少して在職老齢年金の対象から外れても、削減分は戻ってこない。年金受取り増額の手段として、政府は繰り下げ受給を呼びかけているが、在職老齢年金制度による減額があると、その部分は繰り下げ増額の対象から外れてしまう。この点は、高齢者の繰り下げ受給の選択を阻害し、年金財政の改善を妨げているだろう。

高齢者の労働供給の障害ともなるこの在職老齢年金制度については、かねてより廃止の議論が出ている。しかし、前回2020年の年金制度改正では、この制度を廃止すると高所得者優遇になるとの批判が強まった。その結果、見直しは比較的小粒となり、60~64歳の月28万円の基準額を当時の65歳以上と同じ月47万円に引き上げる改正にとどまったのである。

今年7月に公表された公的年金の財政検証では、在職老齢年金制度を撤廃した場合の影響の試算が示された。年金受給者への給付額は2030年度に5,200億円、2040年度で6,400億円増える。しかし、それに見合った財源を確保しなければ、将来の年金受給水準が低下してしまう。

このように、給付を増額させる在職老齢年金制度の撤廃は、年金財政を圧迫することになるが、他方で、日本経済の持続的成長のために必要な高齢者の労働促進には欠かせない。それはひいては成長力の強化を通じて年金制度の持続性を高めることにもつながるだろう。

自民党総裁選挙でも議論を深めよ

また、「高齢社会対策大綱」では、公的医療保険でも、75歳以上の後期高齢者のうち、医療費を現役同様に3割自己負担する対象の拡大に向けて「検討を進める」と明記された。持続的で安心な社会保障制度を確立するには、給付と負担のバランスを社会の変化に応じて常に見直していくことが必要になる。それには国民に追加の負担を求める「痛み」も避けられない。また、そうした見直しを、高齢者の労働供給の促進といった要素も考慮しながら進めなければならないという非常に複雑な状況に日本は置かれている。

給付と負担が年齢と所得に基づく現在の社会保障制度は、従来議論されているように、資産額を含めた支払い能力に応じて負担増を求める「応能原則」の適用を進めていく方向に見直す必要がある。

現在進められている自民党総裁選挙では、高市氏が高齢者の労働意欲を削いでいるという観点から、在職老齢年金の廃止を打ち出している。廃止に伴う将来的な年金給付額の削減や負担増加の具体策も提示しつつ、痛みを伴う改革を国民に理解してもらう議論を、各候補は総裁選の中でしっかりと深めていって欲しい。

(参考資料)
「働くシニア、年金減額も 65歳から介護保険料増加」、2024年9月14日、日本経済新聞電子版
「在職老齢年金、縮小を提起 高齢社会大綱 「働き損」防ぐ 「医療費3割」拡大へ議論」、2024年9月14日、日本経済新聞
「医療費3割負担 拡大検討 高齢社会大綱明記 6年ぶり改定」、2024年9月14日、東京読売新聞
「高齢社会大綱、在職老齢年金の縮小提起 「働き損」防ぐ」、2024年9月13日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。