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「資産運用立国実現プラン」は岸田政権の遺産

岸田政権が残した経済政策面での成果の一つが、「資産運用立国実現プラン」だろう。これは、新政権にもしっかりと引き継いでもらいたい(コラム「『資産運用立国実現プラン』は岸田政権が残した成果:金融所得課税強化は慎重な議論を」、2024年9月11日)。

「資産運用立国実現プラン」は、個人の貯蓄を投資に回し、リスクマネーの供給を増やすことで、日本経済の成長力を強化する、それとともに、個人の資産所得を増加させ、所得と成長の好循環を目指す意欲的なプランである。

岸田政権は当初は、個人の株式投資を促すことに積極的ではなく、株式市場と距離を置く姿勢だった。しかし、途中で方針を大きく転換し、2022年11月には「資産所得倍増プラン」を打ち出して、個人の株式投資を促す方針を示した。歴代政権が掲げていた「貯蓄から投資へ」という方針を、岸田政権も継承したのである。

そして、2023年12月に岸田政権が打ち出したのが、この「資産運用立国実現プラン」だ。政府は、個人の金融資産と企業との間の投資資金の流れ(インベストメントチェーン)全体を改革する、意欲的な取り組みを進めていた。「資産運用立国実現プラン」には、その残されたピースとして、家計金融資産等の運用を担う資産運用業とアセットオーナーシップの改革が加えられたのである。この分野の取り組みはまだ道半ばであることから、次期政権がこれをどのように引き継いでいくのかを見極めたい。

各候補者は「貯蓄から投資へ」の取り組みを支持

岸田政権が進めてきた「資産運用立国」、「『貯蓄から投資へ』の取り組みについて、自民党総裁選の候補者からは反対意見は聞かれない。最も前向きなのは河野氏だろう。河野氏は、「『貯蓄から投資へ』の流れができつつあることは非常に良いことだ」、「貯蓄から投資へ、特にNISA(少額投資非課税制度)は非常に良い政策で、これはもっともっと推し進めていきたい」と語っている。そのうえで、岸田政権が取り組んできた金融教育について、「長期・分散で複利の利益をどういかしていくのかということを真剣に若い世代に伝える。全般的な金融の知識を多くの国民が得られるような機会を提供していくことが大事だ」と、さらに推進することを提唱している。

小泉氏は、立候補表明の際に、経済政策については、賃上げや「貯蓄から投資」など岸田政権の経済政策を「基本的に引き継ぎたい」と話していた。

金融所得課税を巡る議論

総裁選挙戦で「貯蓄から投資へ」の議論が最も高まったのは、告示前に「金融所得課税」に議論が及んだ時だった。自民党総裁選への立候補を表明した石破氏が9月2日のBS日テレの番組で、金融所得課税の強化について「実行したい」と話したのがきっかけだった。

すかさず反論したのは小林氏と小泉氏だ。両氏ともに、金融所得課税の強化は、NISA拡充など政府が進めてきた「貯蓄から投資へ」の流れに逆行すると指摘した。そのうえで小林氏は、「中間層に金融所得増の恩恵が届く施策を進めていくべきだ」と主張した。小泉氏も「貯蓄から投資へと、長年なかなか回らなかった歯車が動き出した。この流れに水を差すような金融所得課税を議論するタイミングではない」と述べた。

石破氏は「新NISA、iDeCo(イデコ=個人型確定拠出年金)への課税強化は毛頭考えていない」と後に説明を加えたことで、この議論は次第に沈静化していった。

成長戦略の推進と一体で進めていくことが重要

ただし、各候補ともに岸田政権の「資産運用立国」、「貯蓄から投資へ」に賛成であるならば、それらをどのように発展、展開させて、所得と成長の好循環につなげていくのか、もっと具体策に踏み込んで議論を深めて欲しい。

一時的な新NISAブームで終わるのではなく、個人が投資を持続的に拡大させていくためには、日本経済の成長力向上への期待を高める必要がある。金融商品への投資の期待収益は、経済の成長力、潜在力によって基本的には決まると考えられるからだ。経済の成長力、潜在力が高まり、投資の期待収益が高まれば、個人のリスク選好も高まり、株式投資が促されるだろう。

こうした観点から、個人の投資拡大を起点とする「成長と分配の好循環」の実現には、少子化対策、インバウンド戦略、DX・GX戦略、地方経済活性化、外国人人材活用などといった、経済の成長力を向上させる成長戦略の推進と一体で進めていくことが重要になるだろう。

新政権には、このような幅広い成長戦略の取り組みと合わせて、岸田政権の「貯蓄から投資へ」の政策をさらに発展させていって欲しい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。