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「解雇規制の見直し」で小泉氏に集中砲火

労働市場改革は、自民党総裁選の中で議論が盛り上がっているテーマの一つだ。しかし、実際に活発な議論の対象となっているのは、「解雇規制の見直し」に集中してしまっている。

そのきっかけとなったのは、9月6日の立候補表明の記者会見での小泉氏の以下の発言だ。「必要な人材が必要な場所で輝けるように労働市場改革を含め、聖域なき規制改革を断行する。賃上げ、人手不足、正規・非正規格差を同時に解決するため、労働市場改革の本丸、解雇規制を見直す。25年に法案を提出する」。

「解雇規制を見直す」という発言が、企業の解雇を制限する規制を緩和、あるいは撤廃するという意味に解釈され、失業を増加させるものとして他の候補者からの強い批判を浴びることになった。

高市氏は、「解雇規制の見直しについて私は反対だ。日本の解雇規制がきつすぎるかといったらそうじゃない」と主張した。小林氏は、「安易な解雇規制の緩和は働く人を不安にさせかねないし、格差を固定しかねない、場合によっては拡張しかねないので、私は慎重であるべきだと考えている」とした。

上川氏は、「柔軟で流動的な雇用市場をつくっていくことは多様な働き方を認めていく社会に大変重要だ。一方で、お金で一方的な解雇が自由であることは決してあってはならない」とする。

茂木氏は、「副業の全面解禁やハローワークの機能強化を進めるべきだ。解雇規制(の緩和)を絶対に議論しないというつもりはないが、それより効果があるんじゃないか」と述べている。

小泉氏は防戦を迫られる

他の候補からの集中砲火を受けて、小泉氏は「解雇の自由化は考えていない」と説明し、重要なのは、企業に解雇される人が失業せずに次の仕事を容易に見つけることを支援することだ、と議論をずらしていった。

「大企業で眠っている人材が求められるところで働ける環境をつくるには、大企業に対しリスキリング、ジョブカウンセリング、再就職支援をしっかりと義務付けて、新しい前向きな労働市場の形を人手不足の時代につくっていかなければならない。そういう考え方を丁寧に説明していきたい」と、その後には説明している。

さらに小泉氏は、退職から失業手当の給付まで時間差があることを踏まえ、「生活支援によって働く方にとっても安心感が出る」と、追加の提案も示した。それを、企業側へのリスキリング(学び直し)や再就職支援の義務付けと併せて、「パッケージで政策上位置付けるのはあり得る」と述べている。

解雇よりも自発的な転職を促す施策が重要

しかし、小泉氏と他の候補との議論は、依然としてかみ合っていない。労働市場を流動化させることについて異論を唱える候補はいないが、小泉氏は、企業に解雇された労働者への対応を議論しているのに対して、他の候補者は、自発的で前向きな転職を促す施策の推進を議論しているのである。

一口に、労働市場の流動化といっても、現状ではまず自発的な転職を活性化させ、それを給与の増加や産業構造の高度化につなげる施策を優先的に考えるべきではないか。

こうした観点からは、小泉氏も提案するリスキリング、ジョブ型の給与制度の拡大などは重要だ。林氏は、「リモート、副業、リスキリング、ジョブ型をもっと推進していく。働く環境ももっと自由に働きたい場所で自分が働きたい時間にというイメージにしたい」、「ジョブ型の仕事を増やしていく。メンバーシップ型で、年功で上がっていくのを変えていけば自発的意思でいろんな選択肢を選んでいく」などと語っている。

小林氏も「大切なことは失業なき労働移動。企業ではなくて労働者側の視点に立ち、自発的な意思に応じて流動性を高めることがあるべき姿だ」と説明し、リスキリング(学び直し)強化などの重要性を訴えている。

岸田政権の「三位一体の労働市場改革」との関係が不明確

すべての候補者が支持する労働市場の流動化を促す労働市場改革について、問題であると感じるのは、岸田政権が掲げてきた労働市場改革について、候補者が何ら語らないことだ。

岸田政権は、リスキリング、ジョブ型制度の拡大、労働市場の流動化の3つを掲げ、「三位一体の労働市場改革」とした。この政策は成長戦略の一つとして重要であり、次期政権にもしっかりと引き継がれるべきと考える。各候補の考える労働市場改革も、その延長線上にあるように思えるが、岸田政権の労働市場改革との違いなどには言及されない。

この労働市場改革に限らず、新たな経済政策を打ち出す場合には、それに先立つ政策の功罪をしっかりと分析、評価し、それとの関係を丁寧に説明することが重要だ。候補者には、この点にも配慮して議論を進めていって欲しい。

(参考資料)
「自民党総裁選「雇用・働き方」発言を追う」、2024年9月21日、日本経済新聞電子版
「【自民党総裁選2024】小泉氏、生活支援も検討 解雇規制巡り批判回避」、2024年9月22日、産経新聞
「【自民党総裁選2024】小林氏、解雇規制緩和「慎重に」 消費税増減は考えず」、2024年9月20日、産経新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。