&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

ハリス氏は「親産業的」な経済政策を追加

民主党大統領候補のハリス副大統領は、9月25日の演説の中で追加の経済対策を打ち出した。8月に示した独自の経済政策案では、物価高対策や中間層支援策が中心だった(コラム「ハリス氏が経済政策を発表:物価の安定と中間層支援をターゲットに」、2024年8月19日)。不当な値上げをする大手食品企業を取り締まる政策や、児童・低所得層税控除、住宅促進策などがこれに含まれた。ハリス氏の経済政策の第1の柱である。

ただし、物価高対策については、反企業的との批判もあり、共和党大統領候補のトランプ氏からは、ハリス氏は「コミュニスト」との批判を受けた。その後に示した第2の柱は、「技術革新と起業家への投資」である。起業家に対する税額控除の拡大や、中小企業向けの低利・無利子融資の拡大などを含む。

そして今回示したのが第3の柱であり、「中国に勝つための産業競争力向上」を打ち出したのである。ハリス氏は「次世代産業分野で国際的なリーダーシップを得るための投資を進める」とし、バイオ、航空宇宙、AI、量子コンピューティング、ブロックチェーン、クリーンエネルギーなどの先端産業の国内拠点作りを促進する税制を提案した。

産業界からの批判にも配慮し、ハリス氏が段階的に示してきた経済政策は、「反産業的」なものから「親産業的」なものへとシフトしていった。さらに、中国との競争を意識した、経済安全保障政策の色彩を強めていったのである。

中国との競争を意識し先端産業を税優遇する「アメリカ・フォワード税制」

さらにハリス氏陣営は、産業育成に向けた「アメリカ・フォワード戦略」を作成すると明らかにした。この中では、新たな税優遇「アメリカ・フォワード税制」をつくる。鉄鋼生産の近代化、創薬を促進するバイオ技術の開発、AI向けのデータセンター建設、半導体工場の建設などが主な税優遇の対象になる。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、このアメリカ・フォワード税制が実現した場合には、10年間で1,000億ドル(約14兆5千億円)の財源が必要になるという。その財源確保の手段は不明確だ。

ハリス氏は演説の中で、税優遇は、先端分野だけではなく、鉄鋼業などオールドエコノミーも対象にする考えを示した。既存の工場の設備更新や建て替えに税控除を適用することで組合系の良質な雇用を拡大し、大統領に就いた場合には1期目に登録された技能実習者数を倍増させると訴えた。

第3の柱を追加したことで、ハリス氏の独自の経済政策は、厚みを増した感がある。第1の柱については、共和党の賛成を得られにくく、仮に議会選挙で、上下両院で民主党が十分な過半数を得られなければ、ハリス氏が大統領に選出されても、その実現は難しいのではないか。他方、第2の柱と第3の柱、特に中国への対抗を意識した第3の柱は、共和党の支持をより得られやすく、実現可能性は高いと思われる。

「製造業ルネサンス」を掲げるトランプ氏

トランプ氏も、24日に経済政策をアピールしている。海外から米国内に生産拠点を戻す企業向けに、税制優遇や規制緩和の恩恵が受けることができる「特区」を作る構想を明らかにした。また、国内の産業、雇用を支援するため、メキシコから輸入する自動車に100%の関税を課すとした。他方で、研究開発税制をさらに拡大して、その投資費用を初年度に100%控除できるようにする税制改正案も示している。さらにトランプ氏は、米国に製造拠点のある企業の法人税を現行の21%から15%に引き下げ、研究開発費の税額控除や規制緩和の促進も図るとも説明している。

トランプ氏は、輸入品には高関税をかける一方で、国内で操業する企業への税制優遇や規制緩和を進め、「製造業ルネサンス」を実現するとしている。

(参考資料)
「ハリス氏、製造業復活へ税優遇 バイオ・AI・量子に照準」、2024年9月26日、日本経済新聞電子版
「<米大統領選2024>トランプ氏「製造業ルネサンス」提唱 外国企業誘致へ担当大使も」、2024年9月25日、毎日新聞速報ニュース

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。